世の中にはストラディヴァリウスを手に入れるという幸運にめぐり逢うも、なんと盗まれてしまうというヴァイオリニストがいます。

韓国出身のヴァイオリニスト、キム・ミンジンさん。彼女のCD解説にはこう書かれています。

韓国生まれのヴァイオリニスト、キム・ミンジンの演奏するヴァイオリン名曲集です。7歳でロンドンのパーセル音楽学校に入学、その直後に並はずれた才能を発揮し、11歳でイタリアに留学、その翌年にはベルリン交響楽団とラロの「スペイン交響曲」を演奏してデビューしました。彼女は2010年に愛器を盗まれるも、2013年に無事発見されたことでも注目されていました。

(アマゾンの「キム・ミンジン:ヴァイオリン・リサイタル 」商品説明より)
彼女は16歳のときにルッジェーロ・リッチに指導を受けました。なんと無料で。「彼女が私から学ぶのと同じくらい、私が彼女から学んでいる。だから、料金を受け取るのは間違っているんです」。リッチはそう言ったそうです。

そして21歳のときにストラディヴァリウスを45万ポンドで手に入れています。当時の為替レートは1ポンド135円ほど。随分安いですね。6000万円程度です。はっきり言ってストラディヴァリウスがこの価格で手に入るなんて破格としか言いようがありません。というわけで彼女はパーツを取り替えたり、弓を探したりといった行為に3年を費やしています。稼いだお金はすべてヴァイオリンのメンテナンスのために用い、狭いアパートに暮らしていました。

ところがある時、ロンドンの喫茶店で目を話した隙に盗まれてしまったのでした・・・。ロンドン、治安悪い!!

ロンドン警視庁がこの事件を追跡した結果、3年かかってようやくありかを突き止めました。犯罪組織を転々としていたようです。キム・ミンジンさんはその間に保険金を使って別のヴァイオリンを入手していました。また、ストラディヴァリウスの相場も高騰していたために買い戻す余裕はありませんでした。どうやらある投資家に買い取られ、個人所有となったようです(盗品なのに)。

彼女はうつ状態に陥り、演奏活動を停止してしまいました。最初は愛器を盗まれたことについての本を出版しようとしていたようです。しかし、やがて「私は、あのストラディヴァリウスを取り戻すべきではありません」と語るようになっていきました。

「あのストラディヴァリウスに出会ったときは『従順な天才』のミンで、何百年にもわたるダメージに耐えてきたあのヴァイオリンは、そうした危険な状況を反映していました。今の私は、新たな創造力を備えたミンに成長しているところです」

ストラディヴァリウスが盗まれたとき、彼女の何かが「死んだ」のであり、その後に「生まれ変わった」ようなのです。そして、「私はもうソリストに戻りません。でも、喪失感を受け入れて、それを使って新しいアートの形を作り出したいと思っている」と語るようになりました。

彼女の話を聞いていると、なんだか家族を失い、その喪失感から立ち直るプロセスに似ていると感じます。ストラディヴァリウスという存在はそれだけの大きさがあったということなのでしょう。この話は以下の書籍に記されていました。悲しむということはえてしてネガティブに語られがちですが、この感情は癒やしの力をも秘めており、人間が持つ素晴らしい情緒であることを示唆しています。陰キャな私がいかにも手に取りそうな本ですが・・・。