ヴィクトル・ユゴーの名作『レ・ミゼラブル』は同名のミュージカルの原作でもあり、いつかは読みたいと思っている人も多いでしょう。しかし分厚い文庫本で全5冊(新潮文庫の場合)ともなれば「ほんとうに読めるのかよ」と思って躊躇することもあるでしょう。気持ちは分かります。一冊800円はするのに、途中で挫折してしまったら損した気分になります。試しに第1巻を読んでみたら、なぜかジャン・バルジャンがいつまで経っても登場せず、ファンティーヌもコゼットも影も形もありません。そりゃ挫折するわ。

私はというと5巻の最後まで読み切りました。一度読み切って、2周目に入ると気づくことがあります。

・・・これ、全部正直に読む必要なくね?


『レ・ミゼラブル』は飛ばし読みでOK

『レ・ミゼラブル』は、ジャン・バルジャンの人生を軸に、フランス革命後の社会や貧困、正義といったテーマを描いた物語です。しかし、その中にはしばしば物語の進行から離れる「脱線」とも呼べる部分があります。

シャルル・フランソワ・ビヤンヴニュ・ミリエル司教の話もそうです。この長い名前の人物は『レ・ミゼラブル』の冒頭に登場し、100ページにわたって「彼がいかに善人なのか」をくどくどと解き明かします。くどい。もっとコンパクトに話をまとめられなかったのでしょうか。当時は小説の技法というのが確立されていませんでしたし、文章を読むということに対する感性も19世紀と現代では異なります。このあたりは「こいつはいい奴なんだ」程度の理解で適当に流し読みでOKだと思います。

この他にも飛ばし読みでよかろう、という箇所はけっこうあります。
ワーテルローの戦いは、物語の雰囲気やテーマの補足にはなりますが、物語の進行がもたつきます。テナルディエが戦死者の遺品を漁っていた、とだけ理解できれば最低限OKでしょう。

修道院や下水道の詳細な歴史的背景の説明もやはりまともに読んでいると日が暮れます。

パリ社会の詳細な描写も同じです。要するに19世紀のパリでは貧困が社会問題だったということだけ押さえていればいいと思います。

『レ・ミゼラブル』に限りませんが長大な小説を読む際、すべてのページを真剣に読み進めようとすると、途中で挫折しやすくなります。特に19世紀の重厚長大な作品は、興味を引かれない箇所で興味が薄れてそのままフェードアウトしがちです。積極的に飛ばし読みするのもテクニックのひとつだと思います。1回目はジャン・バルジャンとかコゼットといった主要人物の動きを把握することを目的に、そういうところだけ追いかけるという読み方でも十分いいでしょう。もしもっと味わいたい、ということであれば2度でも3度でも時間の許す限りトライすればいいと思います。

『レ・ミゼラブル』は、全てを丁寧に読むのが理想的ですが、各場面に対する興味の有無や時間の制約を考慮すれば、読み飛ばすという選択肢も大いにあり得ます。重要なのは、どの部分が自分にとって価値があるのかを見極め、自分なりのペースで楽しむことです。物語の核心に触れさえすれば、たとえ一部を読み飛ばしても、その感動は損なわれることはないでしょう。少なくとも挫折して途中でポイ、よりはよほどマシだと思います。