上野の国立西洋美術館で開催中の展覧会「モネ 睡蓮のとき」。大混雑不可避だろうと予想して、私は1月3日(土)夕方に行きました。金曜・土曜は会期中は21時まで開館しているので夕方からでも時間的にゆとりがあるのと、正月の夕方に美術館に行く奴なんて私みたいに友だちいない陰キャだろう、きっとガラガラだろうと予想していたのです。
結果として、ガラガラというほどではなかったものの、「狭い・辛い」などと感じることは一切なく、集中して作品を鑑賞できるほどでした。作戦成功。ちなみに常設展のほうに入ってみたら、こちらもガラガラとまでは言えませんが、館内で走り幅跳びをしても誰にもぶつからないくらいのゆとりがありました。やはり作品に集中したいなら「こんな時間帯誰も行かんよね」というタイミングを狙うのがよいと痛感しました。
さて「モネ 睡蓮のとき」、ここまでモネの作品をまとめて鑑賞できる機会もそうそうないでしょう。
公式サイトにはこう書かれています。
モネの晩年は、家族の死や自身の眼の病、第一次世界大戦といった多くの困難に直面した時代でもありました。そんななかでやがて彼は、睡蓮の池の水面を描いた巨大なカンヴァスによって部屋の壁面を覆う、「大装飾画」の構想を抱きます。本展の中心をなすのは、この「大装飾画」の制作過程で生み出された大画面の〈睡蓮〉の数々です。未完の構想を外に出すことを嫌ったモネは、それらの作品の大部分を最期までアトリエに残しましたが、彼が生前に唯一、〈睡蓮〉の装飾パネルを手放すことを認めた相手が、日本の実業家で収集家の松方幸次郎(1866-1950)でした。松方はジヴェルニーのモネの家を訪れて画家と交流し、最終的に30点以上ものモネの作品を収集しました。それらは今日、国立西洋美術館のコレクションの白眉をなしています。
作品リストを見てみると「睡蓮」「睡蓮」「睡蓮」「日本の橋」「日本の橋」「日本の橋」「日本の橋」「ばらの小道」「ばらの小道」「ばらの小道」。他にテーマがなかったの? と訊きたくなるほど同じ情景を何度も何度も描いています。それだけこだわりがあったことの表れなのでしょう。どれも同じに見えて、それぞれちょっとずつ違っている。じっと見ていると、「この睡蓮ではこういうことを描きたかったのかな」と毛利小五郎のような推理が浮かんできます。
おそらくは、水面と植物というのが鍵だったのでしょう。睡蓮が浮かぶ池というのはは、季節や時間帯や天候によって光の反射や水面の色が絶えず変化します。そうだ、モネは同じ場所でも異なる光や色彩の状況を捉えたかったのだ!! (知らんけど。)そう考えると、少なくとも画才のない自分は納得します。もし私が「なにか描け」と言われたら無精にも画用紙に青い線を一本引いて「新幹線でございます」で終わらせていたでしょうし、「のぞみ」「ひかり」「こだま」なんて連作を発表するはずもないですから。
そんなしょうもないことを思いながら会場出口近くにある解説を読んで驚かされました。水の世界には終わりも始まりもなく、瞑想的な気分のまま向かい合えるもの。モネはそう捉えていたようなのです。西洋絵画の基本は遠近法。でも水面には遠近法がありません。ということはモネがやろうとしていたのは、西洋絵画の伝統的手法から解き放たれて自由な表現方法を確立する試みだったのか・・・。そう思えばすべてが腑に落ちます。「名探偵コナン」を見ているといつも私の推理は毛利小五郎のそれと同じですが、今回も私はヘボ推理でした。
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