長生きはするものです(年寄りじみている)。なんとまあ、劇場で20年ぶりにローハンのテーマを聴く日が来るとは。しかも新作アニメで日本人が監督という重責を担っています。『ロード・オブ・ザ・リング』の第1部が日本で公開されたのは2002年。『王の帰還』は2004年。20年前の自分に「このあと日本人がアニメを発表するよ」なんて言われても信じなかったでしょうし、そもそも20年後の自分なんて想像すらできていませんでした。そしてさらに20年後つまり2044年の自分はいったいどうなっているのでしょう? 想像するのはちょっと怖いです。
それはともかく『ロード・オブ・ザ・リング ローハンの戦い』。監督も指摘するとおり、ローハンのできごとをアニメ化しようとすると人と馬しか出てきませんし、あとは平原と山が少々。アニメにするにはちょっと辛い。ナメック星もそんな感じだった気がしますが。私なりの感想をネタバレにならない程度に書きとめておきます。
1.ローハンのテーマが久しぶりに聴こえて嬉しい
作品云々以前の問題として、哀愁が漂うローハンのテーマ。原作者トールキン教授が古英語時代の文学(文献学)の専門家であったために、ローハンはフランスに征服される以前のイギリスの姿に似せた設定となっています。この時代の文学を読んでみると、人間という生き物は有限の命しか持っていないのだという、ペシミスティックな情感に溢れています。葬送とか墳墓とか流転とかのイメージがやたらと繰り返されます。だからなのか、やはりローハンの音楽もそういう雰囲気になっています。まさかこの旋律を再び耳にすることがあろうとは。
2.ナレーションがまさかのミランダ・オットー
おかしいな、この声どこかで聞いたことあるよな。でも誰だろう。声だけだとさすがにわかんないな。なんと『ロード・オブ・ザ・リング』でエオウィンを演じたミランダ・オットーでした。過去の自分なら「20年後にアニメ版ローハン映画のナレーションをやるよ」と言われても信じなかったでしょう。『ロード・オブ・ザ・リング』冒頭のナレーションはガラドリエル(ケイト・ブランシェット)でしたがそういう役割にミランダ・オットーが抜擢されるなんて意外ですが、やはり20年という時の経過を考慮すると、「語り部」という役割は相応しいと言えるでしょう。
3.葬送の朗唱ふたたび
たしか『ロード・オブ・ザ・リング』ではスペシャルエクステンデッドDVDに収録されていたはずです。セオドレドの葬送が終わると、エオウィンが葬送の朗唱を始めます。うろ覚えながら、この詞は古英語だったはず。同じ朗唱をヘルム王の娘ヘラが行っています。まさかまた聴くことがあろうとは。
4.寒々とした雰囲気がよく現れている
『ロード・オブ・ザ・リング ローハンの戦い』は、一言で言ってしまうとお家騒動です。ヘルム王たちは角笛城に籠城するも、厳しい冬が訪れます。寒さと飢えに苦しめられるのは、攻守ともに同じ。吹雪のシーンが容赦ない中つ国の自然を描き出します。そもそも『指輪物語』という原作自体がそうなのですが、全体的にシリアス色が強く、随所で悲劇的要素が散りばめられています。したがって『ロード・オブ・ザ・リング ローハンの戦い』もそういう色彩感に傾いています。だから見ると気が滅入る、ということが言いたいのではなく、つまりこれはそういう世界観なんですね。
5.女性の役割が拡大している
21世紀という時代の流れなのでしょうか。『指輪物語』が出版されたのは戦後まもなくのころ。当時の社会における女性の役割というのは限定的なものでした。それは日本だけでなくトールキンの暮らしていたイギリスでもそうだったはずでしょう。そのためか、『指輪物語』においてもアラゴルンやガンダルフ、フロドといった主要登場人物は全員男であり、アルウェンやエオウィンは男性を補助する役割となっています。
『ロード・オブ・ザ・リング ローハンの戦い』では、ヘルム王の娘ヘラを中心に物語が展開します。もちろん彼女が剣を振るうかっこいい戦闘シーンも盛り込まれています。女性が活躍する作品だと言っても過言ではありません。はるか昔のできごとという設定の作品であっても、「それを制作した時代」を抜きに考察することは不可能なようです。ちなみにエンドクレジットには欧米人だけでなくアジア人の名前がたくさん連なっています。いやはや時代は変わりましたね。
以上、思いつくままに感想を書き連ねました。恥ずかしい話ながら、『指輪物語 追補編』をベースに作られた作品であるものの、さすがに『追補編』のことはかなり頭から抜け落ちていました。読み直してもう一度映画館に行かねば。
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