バラク・オバマ。第44代アメリカ大統領として2008年11月に選出され、2期にわたってこの務めを果たしました。彼は1960年代から1970年代にかけて大人になっており、冷戦という言葉にリアリティを感じる世代でした。当時の小説や映画では、ソ連がいわゆる悪役として描写されていました。その一方でアメリカもまた、戦後はその建国の理想とはかけ離れたようなことをしでかしていたのもまた事実です。たとえばマッカーシズムの台頭やベトナム戦争など。

冷戦は1989年に終結し、ゴルバチョフが自由化への道を開くと、それは市民の力が結集したからであり、やがて自由で公正なロシアが誕生するという期待が持たれていた時期がありました。クリントン大統領時代にはそうした楽観的な見方が支配的でした。

しかしオバマ大統領回顧録『約束の地 下』を読み進めていくと、彼は結局ロシアはロシアだったという認識を持っていたことが分かります。これは彼1人の見解ではなく、当時の米国指導者層が持っていた認識とほぼ同様のはずです。

プーチン大統領はかつてのマルクス・レーニン主義へ回帰するそぶりは見せず、他方で原油価格上昇によってもたらされた富のおかげで経済は安定に向かっており、また一応憲法に基づいて選挙が実施され、自由を享受できるかのような雰囲気を見せつつあったようです。

ところが経済が安定し、選挙が繰り返されるほどにプーチン個人に権力が集中するようになり、彼を批判する勢力がじわじわと追い込まれてゆくという「ソフトな権威主義」に向かっていくこととなりました。新興財閥実業家(オリガリヒ)は莫大な富を得る一方で報道の自由は縮小していきました。

厄介なことに、これはプーチンが抑圧的な手法を用いたにとどまらず、そもそも彼を支持する国民が多数派を占めていたからでした。要するに国民はロシアがかつての威光を取り戻すことを真に願っており、そのためにプーチンという英雄が必要だったわけですね。冷戦末期においては経済が混乱していたソ連。その時代をプーチンも国民もよくわかっており、またプーチンも国民のニーズを理解していたからこそ、彼はどう振る舞えば国民の期待に応えられるかを知っていたのでした。

彼はたとえば先進的な核兵器や極超音速ミサイルなど、新たな軍事技術を公開し、他国との軍事競争力をアピールしています。また、ウクライナ危機以降、北方領土や周辺地域での軍事力増強も進めています。さらにはメディアを通じてロシアの政策や軍事力を宣伝し、国内外での支持を強化するための情報操作を行っています。これはロシアの価値観や「正統性」を世界に示す戦略の一環です。

そして(鬱陶しいことですが)アメリカ中心の国際秩序に対抗し、多極的な世界を構築するというビジョンを掲げています。これは、ロシアが西側諸国に対抗するための主な理念として活用されています。

こういうことを知れば知るほど、やっぱりロシアってそういう国なんだということが身にしみて分かります。そういう国が近くにあるのって一体・・・。