当たり前のように名盤の名をほしいままにするのがカルロス・クライバーの遺したベートーヴェンの『交響曲第5番 ハ短調 運命』。私がクラシックを聴き始めた中学・高校のころからずっと名盤だ名盤だと言われ続けていました。そして今もその座はゆるいでいません。
そうなってくるとその録音があって当たり前のように思えてきてしまって、細かいことは気にならなくなってしまいます。
そしてある時「これって1974年録音! 50年も昔じゃないか!!」ということに気がついて愕然となります。当然私は生まれてもいません。そしてこの録音に携わった人はほとんど生きていないでしょうし、生きていたとしても70代、80代、90代でしょう。
にも関わらず、この録音は2024年の今聴いてもまったく色褪せておらず、古びたところはまったくなく、ある日の在京オーケストラの演奏がこんな感じだったとしても違和感はありません。ということは1974年当時の人々にとってどれほど斬新な演奏に思えたことでしょうか。
ちなみに1974年がどんな年だったかというと・・・。
・ルバング島で小野田寛郎元少尉を発見
・テレビアニメ『アルプスの少女ハイジ』がフジテレビ系列で放映開始
・ジャック・シラクがフランス首相に就任
・セブン-イレブンが東京都江東区豊洲に第1号店を出店
・サッカーのペレ引退
・ニクソン米大統領辞任
・田中内閣総辞職。三木武夫内閣発足
こんなことがありました。私は『アルプスの少女ハイジ』はわかります。再放送で見ていますから。それ以外はドキュメンタリー映像のなかの話であり、そのときどうだったか、という時代の空気感まではわかりません。ただとにかく「昔だったんだな」ということは分かります。そしてもちろんウィーン・フィルが別格とはいえ、クライバーがもたらした衝撃というのは、当時の世界中のオーケストラの技量水準を考慮すると大変な衝撃だったことでしょう。当時の「運命」は、時として重厚で遅めのテンポで演奏されることが多かったのに対し、クライバーはより生き生きとした、推進力のあるテンポを採用しました。これにより、作品に新たな緊張感と活力が加わっています。
ちょうどこのころは、ステレオ録音が成熟期に入りつつあり、音響のリアリズムが大きく進化した時代でした。クライバーの「運命」の録音でもそれが生かされているようです。たとえばオーケストラの各パートが際立つように設計されており、楽器の細部が鮮明に聞こえます。また、当時は古楽器演奏や原典主義的な解釈が台頭し始めた時期でもありました。クライバーの録音はこの新しい潮流に通じる部分を持ちながら、同時に現代楽器の可能性を最大限に引き出すものでした。
クライバーは、この後もそうだったのですが演奏会や録音の機会が非常に限られており、「幻の指揮者」としても知られていました。そのため、この録音は彼の稀有な芸術的成果として際立った存在となりました。彼のファンは一つ一つの作品を特別なものとして捉え、1974年の『運命』はまさにその典型でした。
こうして録音から50年を迎えたわけですが、おそらく次の50年も名盤の座に君臨することは間違いないでしょう。こいつはすごいや。
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