科学者とか文学者とか経済学者とかピアニストとか金メダリストとかヴァイオリニストとかは、その専門分野に秀でているからそういう呼ばれ方をしているのであって、他の分野に秀でていることとか、聖人君子であることは、要件でもなんでもありません。
だからこそマッドサイエンティストとかが生まれてしまうわけです。たとえば「ナチスの命令に従ってそうやっただけだ」とか、しょうもない言い訳をして戦争犯罪者となりつつ、一生逃げ回ったメンゲレとか・・・。
音楽家もその楽器の演奏技術が卓越していて、それで食べていけるから「音楽家」と言われています。もちろん立派な人格であるに越したことはないのですが、音楽大学の教員がハラスメントの加害者になったりすることだってあるでしょうし、こんな事件もありました。
国際的なバイオリニストの諏訪内晶子さん(39)が東京国税局の税務調査を受け、2009年までの5年間に約7千万円の所得隠しを指摘されたことが12日、分かった。海外公演などの報酬を申告しておらず、重加算税を含めた追徴課税は約3千万円に上ったとみられる。諏訪内さんは既に修正申告したという。
関係者によると、諏訪内さんはCDの売り上げや公演料など国内の所得については申告していたが、海外で得た収入を申告しておらず、同国税局は仮装・隠蔽を伴う所得隠しに当たると判断したもようだ。経理ミスを合わせた申告漏れは約9千万円に上るとみられる。(日本経済新聞2011年7月12日記事「バイオリニスト・諏訪内さん、7000万円所得隠し 国税局指摘 海外公演などの報酬申告せず」より)
「海外で得た収入を申告しておらず」とあるのは、意図的なものでしょう。これを見ても、別に音楽家だからといって聖人君子であるわけではなく、そもそも大金を受け取ったら税の納付を免れようといろいろ知恵を巡らすのは、むしろ人間的だなーという感慨すら覚えます。それに、ワーグナーみたいにしょうもないエピソードばかりの奴だっていますし。
最近、ああこれは人間的だと思ったのが和波たかよしさんの『ヴァイオリンは見た』というエッセイ。視覚障害者としてのハンデを克服しつつ、東京とロンドンの二拠点でソリストとして活躍していた和波さん。多忙にもかかわらず、桐朋学園大学の非常勤講師として学生の指導という重責も担っていました。その傍らには、ピアニストであり妻でもある土屋美寧子さんが常に寄り添い、たまには衝突もしながら長い人生をともに歩んでくれていました。50代に差し掛かり(この本は1999年出版です)、自らのキャリアを振り返りつつも、未来に向けた展望を最終章で語っています。
ところが、
夢中で練習しているときに「マンションはいかがですか」などと見も知らぬセールスマンから電話がかかってきたりすると、思わず怒りに任せて受話器を叩きつけてしまい、後から「礼儀知らずの相手にこちらまで無礼になってはだめじゃないか」と自己嫌悪に陥ることもある。
ガクッ。さっきまでいい話をしていていい雰囲気で本が完結しそうだったのに、一気に現実に引き戻されました。私なら電話なんか絶対に無視しますし、練習中ともなればなおさらです。しかし和波さんはいい人なのか、正直者なのか、電話に出てしまった。その時点でセールスマンの術中にはまっているも同然であり、赤の他人の経済活動に協力してしまいました。でも「怒りに任せて受話器を叩きつけ」なんてやけに人間的で正直者すぎて、私は笑ってしまいました。
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