名ヴァイオリニストにして、卓越した指導者でもあった江藤俊哉さんは、かつて弟子に「パガニーニを弾くときはイタリアの青空を思わせるような音色でなければならない」と語っていたようです。たしかに「カンタービレ」のような甘いメロディの作品は、まさにそういう雰囲気を期待してお客さんは耳を傾けるわけですから、お通夜のような暗い雰囲気だと「何だお前は」と思われてしまうこと間違いなし。お客さんの期待を裏切るヴァイオリニスト! 新しいジャンルであることは確かですが、次のステージがあるかどうかは分かりません。
でもパガニーニって本当にいつも青空を思わせるような作品ばかりではないですね。彼の作品は、技術的に非常に高度でありながら、透明感と軽やかさを持ち、聴衆に爽やかな喜びを与える部分が多いです。『ヴァイオリン協奏曲第1番』のような曲は、技巧的な華やかさと明るい旋律が特徴です。この曲の軽快なリズムや、ヴァイオリンの高音域を活かした美しいフレーズは、まるでイタリアの明るい青空を思わせるような開放感をもたらします。オーケストラ伴奏が「ズンチャッチャ」に終始するのはちょっとアレですが。
でもパガニーニの音楽はそれだけではなく、深い闇や不安、時に恐怖をも感じさせる「黒」の音色をも表現する必要があると思います。なにしろデスメタルかと思わせるような漆黒の衣装を着て舞台に立っていたくらいですから・・・。というわけでパガニーニの作品には「黒」を象徴するようなダークでミステリアスな要素が数多く含まれています。例えば、彼の「ラ・カンパネッラ」は表面上は軽やかなベルの音を模した旋律が特徴ですが、その背後には不安定さや、狂気に近い激しい情熱だって秘められています。「ヴァイオリン協奏曲第2番」には、急速なパッセージの中に不安感や焦燥感が織り込まれており、これが「イタリアの青空」からはずいぶん遠いところにある世界観だと思います。
「24のカプリース」も、超絶技巧が盛り込まれていて拷問のようです。イタリアの青い空というよりもむしろ、こういう難しい技術ばかりを次々と採用していった彼は空前絶後の存在であり、当時は彼以外誰ひとりとしてこのようなテクニックを持ち合わせていなかった。ある意味彼は孤独だった、いや孤独というよりも孤高であった。そういう立場にある人物を「青い空」というフレーズにまとめてしまうよりも、「黒」を象徴する深い感情の闇があると言ったほうがまだ正解ではなかろうかと感じられます。
青と黒、この二つの音色をバランス良く表現することが、彼の作品を演奏する際には不可欠なのでしょう。このコントラストが、彼の音楽をより一層魅力的で深いものにしていると言えるでしょう。となるとピアニッシモが1種類しかないとか、スフォルツァンドのやり方を1つしか知らないとか、そういう状態でパガニーニに向き合うのは無理筋ということです。まあ要するにワイには無理ってことですね・・・。
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