オペラが苦手だ。そういう人も私だけではないはず。何しろイタリア語とかドイツ語でぺちゃくちゃ喋ったり歌ったりされると困ります。何を言っているのか分かりません。歌詞対訳を読めばまあ分からなくはないのですが、だんだん対訳を読みながら聴くという行為そのものが面倒になってきます。
アリアの部分はまだ歌だから興味を持っていられます。でもレチタティーヴォとかセリフの場面になると私は外国語をただ聞かされているのか、音楽なのか、そもそも自分は一体何をしているのか、これは何のための時間なのかと思ってしまい、興味が薄れて来てしまいます。
このため、一応家にCDがあるとは言っても『さまよえるオランダ人』だろうが『フィガロの結婚』だろうが『セビリアの理髪師』だろうがほったらかしになっていました。だったらブックオフにでも売れって話です。
そういう状況が続いていましたが、クレンペラーがフィルハーモニア管弦楽団を指揮して録音した『魔笛』はセリフが省略されているということを知りました。これはありがたい。『魔笛』はジャンルとしてはオペラというカテゴリーに含まれますが、実際はジングシュピール。歌芝居とでも訳しましょうか。ところどころに歌が入っている芝居ということが言いたいのでしょう。しかし音楽を聴きたい、音楽に集中したいという場合、セリフが省略されているほうが助かります。というわけでセリフが省略されている『魔笛』というのはかなり異例のことのようですが逆に助かります。
当たり前の話ですが、通常の録音よりも短い時間で音楽を楽しむことができます。毎日何時間も音楽を聴けるほど時間がある人なんて限られますから、短時間で主要な音楽を味わえるのは大きな利点です。それに、セリフがない分、ストーリーの進行が途切れることなく音楽が連続して楽しめるというメリットもあります。
それにしても、セリフがあったほうが良いという人は、よほど語学に長けているのでしょうか。私は音楽とは無関係と考えてしまって本当にスルーしてしまいますが・・・。そもそも『魔笛』のストーリーは善悪が前半と後半で逆転していることを初めとし、ツッコミどころ満載で本当にプロットを推敲したのかと問い詰めたくなるようなもの。真面目にストーリーについて考えるのは意味がなく、だったら音楽だけに向き合っているほうがよほど生産的でしょう。
クレンペラーの『魔笛』はキャスティングも大変豪華。デビュー直後の、まだ若いころのルチア・ポップが夜の女王、ヤノヴィッツがパミーナ、フリックがザラストロ。ゲッダがタミーノ。そこまで重要ではない役柄の侍女なぜかシュワルツコップ、ルートヴィヒ、ヘフゲン。いったいなぜ? 理由は不明ですがとにかくありえない布陣ですがそういう録音が発売されたということは本当にそういう人選で録音してしまったのでしょう。
ベートーヴェンのような交響曲などで優れた録音を残したクレンペラーは、オペラにおいても優秀な解釈者であることをこの『魔笛』で示しています。ありがたいことに他のモーツァルトの名作オペラの録音も晩年に残しており、こちらも注目すべき名盤と言って差し支えないでしょう。
コメント