例えばマンションの部屋番号は、101号室、102号室、103号室、そして105号室といった並びになっていることがあります。104号室というのがありません。4は死だから避けられているわけです。
私がかつてピアノメーカーに勤めていた時、その会社の製造するピアノのラインナップもそうでした。
A-1、A-2、A-3そしてA-5、A-6、A-7のように4番は飛ばして3から5に行っていました。「おかしいな、製造されてるピアノの大半は輸出用だろう。アメリカ人や中国人に4を飛ばしている理由などわかるはずもないだろうに」と思っていました。
浅はかでした。どうやら音楽家は日本人だろうが何人だろうが、験を担ぐ人が多いようなのです。サントリーホールでは、舞台と同じ平面にAからHまでの楽屋が、地下1階には1から7まで6つの楽屋が設けられているという構造になっています。やはりここでもマンションと同じく4番の部屋が省略されています。
非科学的な、と思うかもしれませんが、例えば役者には掌に人という字を書いて3度飲み込む真似をして舞台に出ていく人がいるようです。自己暗示ですね。
音楽家の場合、西洋では木に触れると幸運が巡っていくるという言い伝えがあることから、扉などの木製の部分を3回叩いて舞台に出るというしぐさがあるようです。しかしなぜ3回なのでしょうか。3という数にきっと意味があるのでしょう。
音楽家が舞台に出るときには、ステージマネージャーが「トイトイトイ」という掛け声をかけます。これは世界共通の言い方となっていて、語源はドイツ語で「幸運を祈る」といったような意味があり、いつの間にか日本だろうがアメリカだろうがこの言い方が広まりました。これもやはり験担ぎの一種でしょう。
一体どうして音楽家はそんなに験を担ぐのでしょうか。指揮者、シャルル・ミュンシュ(小澤征爾氏の師匠の一人)が指揮者が感じる本番前の緊張について『指揮者という仕事』でこう書いています。
そんなプレッシャーに晒されているんですね・・・。指揮者は客席に背を向けて、自分では楽器を演奏しないわけですからそこまで緊張しないだろうと思いきや、実態は全然違いました。ピアニストもヴァイオリニストも指揮者も、高度に専門化された技能を発揮しなければなりませんし、コンサートはやり直しができない一発勝負の世界。ミスを連発してお客さんから「なんじゃこいつは」と思われたら次のチャンスはありません。終身雇用とか有給休暇なんて概念はありません。あなたは戦闘の中心である台上にのっかっているのだ、ちょうど飛んでくる矢にさらされた聖セバスチアンのように、いままさに火あぶりになって自らの命をおのが愛するものの代りに与えんとする火刑台上のジャンヌ・ダルクのように。四十年の場数をふんだあとでも、あなたが依然としてこの瞬間に、喉元を襲う気後れ、高潮のように高まる突然の恐怖を感じるなら、コンサートのたびごとに心を昂ぶらせ、びくびくするあの不安を前より少し強く感じるなら、それは、絶えずあなたが向上しており、絶えず自分の使命を前よりも少々よく理解しているからである。
・・・そりゃ験を担ぎたくもなりますわ。
参考書籍
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