ヴァイオリンを習う人ならいつかは取り組むことになるのがベートーヴェン『ヴァイオリン・ソナタ第5番 春 ヘ長調 作品24』です。楽譜を見ているとそこまで難しくないように思われます。ところがそういう先入観とは裏腹に、地味に難しい箇所が続いたり、ヴァイオリンにとっては弾きづらい音の並びだったりと、安易に取り組むと「こんなはずでは」となってしまうのが関の山です。

この作品に限った話ではなく、そもそもベートーヴェンの音楽は単純な繰り返しのなかで少しずつ強弱の変化をつけていったり、緩急をどうにかしたりといったり、コントロールが難しい部分が随所に見られます。一番わかりやすい例が『交響曲第5番 運命』の第3楽章から第4楽章に向けて、「ズンズンズンズン」と音のボリュームがちょっとずつ上がってゆき、第4楽章に入るやいなや歓喜がほとばしり出るような場面でしょう。

『ヴァイオリン・ソナタ第5番 春 ヘ長調 作品24』の第2楽章ではどうか。これもやはり地味に難しく地味に難しいまま終わっていくため、私の場合は一旦第1楽章 → 第3、4楽章 → 第2楽章という学習順序でした。先生から「こいつだめだからあとで第2楽章を仕上げよう」とでも思われたのでしょうか。

第2楽章ではまず、穏やかで感情豊かな雰囲気が求められます。しかし、ゆっくりとしたテンポで演奏すると注意力が持続しにくく、微妙なタイミングのズレやテンポの変動が生じやすくなります。そうなるとピアニストは内心「こいつだめだ」と思うでしょう。特に、楽章全体を通じて感情の変化や音楽の流れを維持しつつ、テンポを一定に保つことは、なかなか難しいことです。

中途半端にメロディがきれいなのも罠です。各フレーズを美しく表現するためには、弓を使って息の長い歌い方を意識しなければなりません。が、フレーズの終わりや次のフレーズの始まりにおいてテンポが乱れることがよくあります。フレーズの間に無意識にテンポが速くなったり遅くなったりするのを防ぐためには・・・、いや無意識レベルでの話ですから防止策が思い浮かびません。

なおかつ、音の強弱や細かなニュアンスがないと平板な出来映えになります。音量が小さくなり繊細な部分になると、無意識にテンポが遅くなったり、逆に強い感情表現をしようとして無駄に速くなることがあります。

言うまでもなくヴァイオリン・ソナタはヴァイオリンとピアノの二重奏ですが、第2楽章ではピアノとヴァイオリンが対話的な場面が多く、両者のタイミングやテンポが完璧に合っていなければなりません。特にテンポの維持が難しいゆっくりとした楽章では、少しのズレでも全体の演奏に影響を及ぼすため、両者のアンサンブルを保つことが難しくなります。普通、ピアニストはしょっちゅう練習に付き添ってくれるわけではありませんから、大体本番でうまくいかず、またピアニストから「こいつだめだ」と思われます。

以上のように、こうした要素を全てコントロールしながら演奏することは、一見なんでもないように見えてとんでもなく難しいことです。お客さんは寝ている楽章ですが、そして私も寝たことがありますが、いざ弾く立場になると「もうだめだ」が連続してしまいます。嫌ですね。