今はそういうのが許容されているのかどうか知りませんが、元音大生が「コンサートはC席とかD席とか、安い席のチケットを買っておいて、休憩時間中にS席の空いているところに座ってしまう」ということを言っていました。

私は上京したころ、某大学の先生が書いたクラシック評論の本でも同じようなことが書かれているのを呼んだので、「そのやり方ってそんなにポピュラーなんだ」と元音大生の話を聞いて思いました。

・・・という話を当時のヴァイオリンの先生にしたら、「私もやってる」という返事が返ってきてガクッとなりました。「ポツンと一つ、二つだけ空いている席は本当のそのチケットの持ち主が来るかもしれないけど、一列ぐらいダーッとまとめて空席なことってあるじゃん。そこに座るの」

ハイソなイメージのあるクラシックですが、びんぼ臭さにガクッとなりました。

しかし昔はもっとしょうもない事例があったらしく、たとえばカール・ベームが来日したときは前の日からNHKホールのトイレに潜んでいて結局見つかったとかいうエピソードを聞いて力が抜けました。

さらにもっと昔、戦後まもなくのころはもっと大胆な手口がありました。


コンサートホールに忍び込んでタダで音楽を聴く話

指揮者・岩城宏之さんと作曲家・山本直純さんのお話。戦後まもなくのころ、マルティノンがNHK交響楽団を指揮することになりました。どうしてもその音楽を聴きたい一心で二人は日比谷公会堂に忍び込みました。じつは二人のことはすでにNHK交響楽団の裏方さんたちに「こいつらはモグリの常習犯」として知れ渡っていたのですが、当日はその裏方さんたちも多忙だったのか警戒網をかいくぐって日比谷公会堂の裏口を突破。そして管楽器奏者が座る山台(といっても、譜面台の箱に板を重ねただけの簡素なもの)の隙間に忍び込みました。そのアングルはマルティノンを正面から見ることができたそうです。

当日のプログラムは「牧神の午後への前奏曲」、そして二曲目は緊張のあまり覚えていないようです。後半は『幻想交響曲』であり、柔らかい弦楽器の音、しかも上品な音色というのはドイツ系指揮者を招聘することの多かった当時のNHK交響楽団からは考えられないことであり、だからこそ岩城宏之さんはその後何十年も経って『森のうた』に当時のことを克明に書き記しているのでしょう。

ちなみにその翌年カラヤンが来日して、また日比谷公会堂に忍び込んでいますが、このときは裏方さんに見事に見つかり、開演直前までホールの中を走って逃げ回ったようです。なんだか井上ひさしの何かの小説に似たようなお話があったような気が・・・。

この本は他にも解説の池辺晋一郎さんが東京文化会館にもぐる方法として「Aは切符を持っているBと行き、Bはいったん正式に入場してから、係に半券を見せて館内のレストラン「精養軒」に入る。この時Bは、すでに入っていた別な友Cから半券を一枚預かっている。精養軒で待つAは、Cの半券を受け取り、係に見せて館内に入り、空いた席を見つけ、何食わぬ顔ですわり、聴くという寸法」という手口を紹介していました。

平成になると似たようなことをしてウィーン・フィルをタダで聴いた音楽教師が逮捕・懲戒解雇・退職手当不支給処分を受けていたので、当時はなんともおおらかな時代だったとしか言いようがありません。