これまでこのブログで我ながら呆れるほど「ヴァイオリンは難しい。やめとけ。挫折する。後悔する」みたいなことを書き散らしてきました。私はエレキギターを一時期同時並行で弾いていたこともありますが、ヴァイオリンのほうが圧倒的に難しかったです。ギターの曲はパワーコードのような簡単にできてしまう技術のほか、4小節や8小節のフレーズを繰り返すというパターンの組み合わせでできているうえに、繰り返しの箇所はほんとにほぼ機械的に繰り返すだけでOKという単純さにガクッとなりました。

ヴァイオリンはフレットがなく、音程は「ラシドレミ」のように単純に上に上がるだけでもこれを正確に確保するだけでも数週間はかかるでしょう。大学時代、先輩に「ちょっと弾かせてくれよ」と言われたのでヴァイオリンの構え方を教えたところ、2秒で


いてて! ス、ス、ス!


と言って指をつってしまいました。

しかし私も初心者のころ同じ目にあっていたので先輩を笑うことはできませんでした。

そういう困難を乗り越えて、色々な曲に取り組んでいると教師から第5、第6、第7、第8ポジションなどが出てくる難しめの曲を与えられることになります。大抵の人はそれ以前に挫折してしまいますが、私は友だちがいないためこれ以外やることもなく、ヴァイオリンに向き合っていたのでここまでたどり着けたのでした。

たとえばある時「やれ」と言われて渡されたパガニーニの「カンタービレ」。この曲には次のような箇所があります。

cantabile

シから一気に第8ポジションまで飛んで、ゆるゆると降りてくるというもの。普通の指使いなら、小指でシを押さえるということになりますが、小指で音程を取ることに注意していると、それ以外の指の音程確保がおろそかになります。よって人差し指から小指まですべての指でファソラシを事前に押さえられる位置につけていることが大切です。

・・・ということを先生から教わりました。

「ということは、それが確実にできるように、板につくまで100回でも200回でもやれってことですね」

「つまりそういうことです。曲だけでは定着しないので、音階などを取り混ぜつつ実施する必要があります」

そこまで会話したとき、私はつい余計なことを言ってしまいました。

「でも待ってください。4分の3サイズのヴァイオリンから4分の4サイズに持ち替えた子供がいたとします。ヴァイオリンのサイズが違うと、弦の上で押さえるべき音と音の距離も違いますよね。そういう子供って、覚えた音の並びとか距離感がサイズを替えた途端にパーになっちゃうんですか?」

「・・・。」

先生は一瞬沈黙しました。聞いてはいけなかったのでしょうか。

「いや、それは・・・。ヴァイオリンというのは不思議なもので、弾いていると『これくらいの距離感で音が出るな』という感覚が身についてくる」

なんだそれは。感覚でなんとなくわかるってのはいまいち説明が科学的ではありません。ただそれを聞いていると、「タングルウッドの奇跡」で知られる五嶋みどりさんはそのとき4分の3サイズのヴァイオリンを弾いていて、弦が切れたのでオーケストラ団員の4分の4サイズのヴァイオリンに急遽持ち替えて演奏を継続したというのは彼女がそれだけ並外れた能力を持っていたことの証であると思えてきます。

私は先生の話を聞きながら、「でも4分の4サイズのヴァイオリンも、それぞれがミクロ単位まで全く同じということはありませんから、持ち替えたらなんだか弾きづらいはずですよね」とツッコミを入れようかと一瞬思いましたが、やめておきました。とにかく音程が取れるようになるまで弾き続けたらいつかは弾けるようになるからそれまで弾いていろ、ということなのでしょう。辛い。