バッハの「G線上のアリア」といえば、ヴァイオリニストがぜひともレパートリーに加えておくべき名曲です。ウィルヘルミというヴァイオリニストが、バッハの「管弦楽組曲第3番」の「エア」をヴァイオリンのG線だけで演奏できるように編曲したことから「G線上のアリア」という名前が付きました。いずれにせよ、「管弦楽組曲」の原曲であれ、「G線上のアリア」であれ、名曲であることに変わりはありません。ホテルや空港のロビー、デパート、結婚式から葬式、電話の保留音までマルチに活躍する便利な曲です。たとえ名曲であるにせよ、まさか葬式で「フィガロの結婚序曲」を使うわけにはいきませんから。

このバッハの「エア」を収めたとあるCDのブックレットを読んでいると、「おや」と思うようなことが書かれていました。もしかするとこれが結婚式でも、葬式でも用いられ、また昭和天皇崩御とかNY同時多発テロとかの後でさかんに演奏されていた理由なのかもしれません。


バッハの「管弦楽組曲第3番」より「エア」は葬送の音楽なのか

そのブックレットを執筆したのは礒山雅さん。バロック音楽研究の大家ですから書いてある内容は十分信頼できるはずです。「G線上のアリア」の原曲となった「エア」ですが、
バッハの音楽のなかでももっとも美しいもののひとつと言えましょう。この作品は、ライプツィヒの教会勤務時代(1723-50)に書かれた、世俗の楽しみのための4曲の管弦楽組曲の第3番に属しています。また、静かに歩むバス音型(この音型を、バッハは教会カンタータの中で「死」を暗示するために用いています)の上で、ヴァイオリンが息の長い優麗な戦慄を奏してゆき、後半部では、内声が絶妙の動きをみせて、安らかな慰めの雰囲気を作り出します。
これはバウムガルトナー指揮、ルツェルン祝祭弦楽合奏団による「アルビノーニのアダージョ ヨーロッパのバロック音楽」というCDのブックレットからの引用です。うーん、1995年発売で定価1,000円という明らかな廉価盤のわりになんて役立つ情報を掲載してくれているのでしょう。葬式などでたびたび使われる理由はこういうところにあったのかもしれません。それと発売から30年近く経過しているにもかかわらず物価が2024年現在とほとんど変わっていないことにも驚かされます。そりゃ一人当たりのGDPで台湾にも韓国にも抜かれるわけですな。

私はこのCDを定価で購入したわけではなく中古CD店で1枚380円ワゴンの中に入っているものを買って帰りました。このバウムガルトナー指揮、ルツェルン弦楽合奏団のコンビによる演奏は、ピリオド奏法がどうした、ヒストリカル演奏がこうしたといったような議論が沸き起こる以前の1966~67年に録音されています。もう60年近く前の記録でありながら、上品で聴きやすいこの録音の価値は今なお色褪せていないと断言できます。なにしろ1980年代以後のバロック音楽は「当時はどうだった」といったような研究結果を反映させての演奏になってしまい、それは構わないのですがどうにもこうにも音色が痩せこけていて聴くに耐えません。

そういうバロック音楽を聴いていると、何の変哲もない「普通」の演奏がいかに得難いものか逆に痛感させられてしまうというのも変なお話ではありませんか・・・。