新国立劇場バレエ団委嘱作品・世界初演となった「人魚姫 ~ある少女の物語」。上演は2024年7月27日(土)~30日(火)であり、私は27日(土)の16:30~の回を鑑賞しました。

この作品は「こどものためのバレエ劇場2024」と銘打って制作されたものであり、当たり前ながら子供でも理解できるよう様々な工夫がなされています。たとえば会場で配布されているパンフレットのあらすじ紹介の部分では「王子(おうじ)をのせた1隻(せき)の船(ふね)が大嵐(おおあらし)により沈(しず)んでいました」。のようにわざわざふりがなを振って小学生でも読めるようにしています。

登場するキャラクターも大変分かりやすく、とくに難しいことを考えなくても「これは海で泳ぐ魚の仕草を身体で表現しているのだ」などと絶対に伝わるようになっていますし、深海の女王がタコの姿をしているということでこれもいかにも偉そうな奴だというのはわかります。個人的には、深海の女王がタコだというのは絶妙な設定だと思いました。深海の生き物はタコの他、はっきりとわかりやすいのはグソクムシとアンコウくらいしかいませんから・・・。ダーリアイソギンチャクとかシャークトゥースモレイイールとかを持ち出されても細かすぎて伝わりません。(沼津港深海水族館に行けばそういう生き物が沢山見られます。)

あらすじは、王子に憧れる人魚姫が地上に上がって心を通わせるものの、最後は結ばれることなく海へ戻ってゆくというもの。魚と人間の動きの対比のほか、人魚姫が王子に寄せる切ない思いの表現は完成度が高いです。また、海辺の町での人間社会の活気や、結婚のお祝いそして別れの時など、「起承転結」のごとく緩急が明快であり、前半45分後半30分という短い時間のなかに(といっても合計75分というのはベートーヴェンの『第九』とかマーラーやブルックナーの交響曲に匹敵する長さなのだが)喜怒哀楽が凝縮されており、よく練られています。

音楽の選曲もセンスが光ります。オリジナル楽曲はとくになく、ドビュッシーの「神聖な舞曲と世俗的な舞曲」、「亜麻色の髪の乙女」のほかモーツァルトの「ピアノ協奏曲第22番」、サティの「ジムノペディ第1番」、メンデルスゾーンの「春の歌」、マスネの「タイスの瞑想曲」など。深海と何が関係あるんだろう、というような選び方ですが、これが振付にうまくはまっており、違和感はありません。こどものためのイベントということでバレエを習っている小学生たちも多く会場に来ていたようですが、きっと1、2曲は知っている曲があったのではないでしょうか。

なお、カーテンコールは撮影が許可されており(ただしフラッシュは禁止)、イベントに参加した思い出にもなります。ただし何分も何分もカーテンコールは続かないので、上演が終了したらすぐにでもスマホの電源をONにしないとカメラアプリが起動する前に客電が点灯してしまいます(私がまさにそれでした)。

いい事なのか悪いことなのか、少なくとも27日(土)の16:30~の回は満席という状況ではなく、察するに日曜以降の公演でも当日券が買える状況であろうと想像します(詳細は公式サイトをご確認ください)。夏休みに何か新しいものを子供に見せようと思った時、サクッと実行でき、なおかつ高クオリティという点においてコスパに優れる催し物であろうと思います。ちなみに私は、終幕の王子と人魚姫の踊りの儚げな雰囲気から、つい「くるみ割り人形」の最後のパ・ド・ドゥを連想してしまいました。つまり良い公演だったということですね。