京都とか奈良を訪れると、ほぼ確実に寺社仏閣を見て回ることになります。というか京都を訪れて金閣寺とか銀閣寺とか清水寺を訪問しない、という人は皆無と言っても過言ではないでしょう。

で、私が平等院鳳凰堂を訪れて見つけたのが「とってもやさしい はじめての仏教」というパンフレットでした。
これによると、四諦(したい)という考え方が仏教にはあるようです。四諦というのは、「苦」の原因を探り、悟りに到達するための真実だということに成っっているようです。そういえば四苦八苦なんていう言葉もありますがこれもどうやら仏教用語のようです。とにかく苦しいのが人生。私は滞在していた宇治のホテルから数百メートルしか離れていない平等院鳳凰堂にたどり着くのも苦痛でした。なにしろその日の最高気温は36度。一体何の懲罰でしょうか?

とにかく四諦は苦しみから解き放たれるための道筋であり、それは次のように分けられます。

1.苦諦(くたい)
一切は苦であるという真実です。確かに旅行一つ取ってみても新幹線は苦痛です。バスも苦痛です。人が沢山いるのも苦痛です。酷暑、酷寒、大雨などに見舞われることもあります。これも大変な苦痛です。むしろそれでお金とか体力とか時間を消耗するくらいなら、Googleストリートビューを見ているほうがいいんじゃないかと・・・。

そもそも人間は生老病死という四つの苦しみを背負っており、なおかつ逃れる事ができません。つまり生きるということは思うようにならないものだ、ということのようです。


2.集諦(じったい)
苦しみの原因は我執にあるという考え方です。総ては無常。にも関わらず、人は誰しもなにかにこだわり、執着してしまいます。だからこそ苦しいのだ、という考え方のようです。


3.滅諦(めったい)
そのような我執がなくなれば安らぎが得られるという考え方です。苦しみを生み出すのは自らの心のなかにある執着であるからこそ、これを乗り越えれば苦しみから解放されるということが言いたいようです。


4.道諦(どうたい)
「苦しみを滅する道筋がある」という考え方であり、正しく修行すれば苦しみの連鎖(輪廻)から解き放たれ、解脱に至ることができる、というもの。

面白いのが「諦」という文字は「これはもうだめだ。やめておこう」という諦めの意味ではなく、「真実」という意味が込められていることでした。そうなのか、と思い漢字辞典を調べてみると、

 諦の解説 - 小学館 デジタル大辞泉
てい【諦】

[常用漢字] [音]テイ(漢) タイ(呉) [訓]あきらめる
〈テイ〉

    1 明らかにする。「諦視」

    2 締めくくり。まとめ。「要諦」

    3 あきらめる。「諦観・諦念」

〈タイ〉仏教で、悟り。真理。「三諦・真諦 (しんたい) ・俗諦・妙諦」
と、漢字辞典にも悟り、真理という意味であることが掲載されていました。これは知らなかった。
他の漢字辞典を調べてみると、「諦は、あきらめる / 明らかにする / まこと / 真理などの意味を持つ漢字です」と書かれていました。うーんこれは知らなかった。酷暑のなか、宇治まで出かけた甲斐がありました。