クラシック音楽が普及していくうえで、レコードやCDというものは欠かせません。このような録音メディアがない時代は、楽譜を頼りに自分で演奏するか、周囲の人に演奏してもらうか、演奏会へ足を運ぶか、といった選択肢しかありませんでした。
楽譜を頼りに自分で演奏するというのもそれはそれで文化的なもので、19世紀末~20世紀初頭には、たとえばワーグナーの楽劇の前奏曲などがピアノとヴァイオリンに編曲された楽譜が出回っていました。佐藤久成さんがそれをCD録音しており、興味のある方はこちらをお聴きいただくとよいでしょう。
20世紀になるとレコードが普及し、しかし初期のSPは数分程度しか録音できなかったために小品がメインであり、交響曲となると数枚組もの厚みになりました。それが戦後にLPになると交響曲といえども1枚のレコードに収まるようになり、CD時代になると70分を超える録音が可能となりマーラーやブルックナーのブームがやって来ます。音楽の普及はテクノロジーの進歩と切っても切れない関係にあるようです。
録音の方法や録音に向き合う姿勢もまた人それぞれで、指揮者のチェリビダッケはそもそもレコーディングに否定的であり、演奏を聴きたければミュンヘンまで来い、というスタンスでした。カラヤンは録音を通じて自分の「帝王」としてのイメージを世界中に普及させ、20世紀で最も有名な指揮者となりました。ピアニストのグールドは実演から遠ざかり、レコーディングアーティストとしての活路を切り開いています。彼の録音にはピアノを弾きながらの鼻歌が収められています(正直、やめてほしい)。
ヴァイオリニスト・江藤俊哉さんのバッハの無伴奏の録音を担当した井阪紘さんは、このCDのブックレットに「トーマス教会のような響きで」という一文を寄せています。
バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータを全曲録音するということは、演奏者にとってもプロデューサー、エンジニアにとっても相当覚悟のいる仕事である。私は数年前に豊田耕児と川口市民会館を使ってこの仕事をやりとげたことがあるが、実に編集に300時間余りを費やし、音楽的な配慮に心血を注ぐという表現がピッタリする程、苦労したのを憶えている。(中略)江藤の希望は教会の様な響き、それもノートルダムではなくライプツィヒのトーマス教会のような田舎の小さな、そしてやわらかい響きを欲しいということであった。
録音会場の選定を慎重に進めた結果、世田谷区民会館が選ばれました。世田谷区民会館がトーマス教会のような響きであることは寡聞にして知りませんでした。本当でしょうか。・・・1970年代にはいい響きのホールが少なかっただけな気がしますが、とにかくここが選ばれました。そして丸1日を使って音決めだけのテスト・レコーディングを行い、実際の録音を経て2年間にわたって毎月2日ずつの編集を繰り返し、結局300時間を今回も編集に使った、とあります。
今ではクラシックの録音といえば経費削減の観点からライブ録音が多く、当時はレコード1枚をリリースするのに膨大な手間暇をかけていたことが伺われます。もしかすると昭和50年頃の日本のほうが令和の日本よりも豊かなんじゃないか・・・。
2年間にわたって毎月2日ずつの編集を行ったとありますが、これも録音してから2年間はレコードとして発売できず、かかった費用を回収できないわけですから、なぜそこまで時間をかけたのか私にはよくわかりません。毎月2日かけるのではなくて「今月いっぱい集中して取り組もう」で頑張れば録音の2、3ヶ月後には発売できていたのではないでしょうか。
今と昔では感覚のズレなどがあるのでしょうけれども、ヴァイオリン演奏を録音し、レコードとしてリリースするまでの苦労がしのばれるお話であることは間違いないでしょう。
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