ヴァイオリンを習っていると、いつかは人前で演奏する機会つまり発表会というものが巡ってきます。舞台に立って演奏すると足が震えたり、手が震えたり、その振動が両腕に伝わってフィンガリングや運弓がボロボロになり、音楽もまた惨憺たる有り様になってしまいます。そんなはずはない、こんなはずでは。そう思っているうちに曲が終わってしまい、がっかりした気持ちで帰路につくことになります。俺ヴァイオリンやめようかな。そう思いながら・・・。

と、ここまでは誰にでもある話だと思います。私自身も同じような失敗を何度も繰り返しています。同じ失敗を避けようとして結果的に繰り返すということは素質が欠けているのでしょうね。それでも何度も演奏会を経験し、ある時「次に弾きたい曲、ないよね」ということに思い至りました。何しろ、弾いてみたい曲なんていう都合のいいものは沢山あるわけではありません。一方、曲がりなりにも何度も演奏会に出ているとどんどんネタが減っていきます。しかし昔演奏した曲もう一度取り出してくるのも違和感があります。

私は考えた。映画音楽なら楽だし仕上げるのに時間はかからないし、いいんじゃないか。
候補曲は『ニュー・シネマ・パラダイス』か『シンドラーのリスト』の有名なテーマ音楽・・・。うん我ながらいいアイデアじゃ・・・。


映画音楽を演奏しようとしたら教師から止められた

・・・ということをヴァイオリン教師に相談したところ「やめとけ」という反応が返ってきました。別に映画音楽が嫌いな先生だというわけではないのです。そうではなくて、私が何年も自分なりに真剣にヴァイオリンに向き合って挫折もせずにどうにかこうにかベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタにたどり着くところまでこぎつけてきたからこそそういうことを言ってきたのでしょう。

「映画音楽はメロディも美しい。しかしその反面、いつでも弾けてしまうという難点がある。別に次の演奏会でわざわざそれを選ぶほどのことではない」。

私は、だったらフォーレの「子守唄」とかエルガーの「朝の歌」「夜の歌」とかどうでしょう、と言ってみました。ところが、

「それもロマン派に近いものであるが、必然的に映画音楽に似た性格を有するものであり、やはり必ずしも今でなければというものではない。むしろヴィオッティとかベートーヴェンとかモーツァルトのような作品のほうが、ヴァイオリン演奏技法を習得するうえで発見が多い」

ということを仰るのでした。つまり演奏会がありました、演奏できました、良かったですねという話ではなくて、演奏会をこそ貴重な学びの機会として活用し、より高度な技術を身に着けるためのきっかけとしてほしい、そのために選曲にも十分配慮したほうがいい、ということが言いたいようなのです。

そうなるとなんだかバッハ、ベートーヴェン、モーツァルトくらいしか思い浮かばず、とはいえ彼らがヴァイオリンの小品を量産しているわけではありませんから自ずと曲は絞り込まれてきてしまいます。
よって「映画音楽でいいじゃん、イッヒッヒ」という安易なたくらみは無惨にも打ち砕かれ、選曲をゼロからやり直す羽目になりました。