ある時、このブログを読んでくださった方から、私は小説家の森博嗣さんと考え方が似ているのではというコメントを寄せてくださったことがあります。不勉強にもそのような方がいらっしゃるとは知らず、実際に小説やエッセイなどを読み進めてみると、いかにも私が書きそうなことが書かれていました。
思い出してみたが、僕は大学生になったときは学食で一人で食べていた。知った顔が近くにあっても、こちらから近づいて、話しかけるようなことはなかった。向こうが寄ってきたら対応はするけれど、自分の食事が終わったら、挨拶をして席を立つ。それが普通だと思っていたし、今も思っている。一人で食事をするのが退屈だというのなら、本でも読みながら食べれば良い。話したくもない相手と下らない世間話に時間を消費するよりは、ずっと楽しいのではないか。(『月夜のサラサーテ』より)
私もそうです。学生時代は友だちがいないので一人で食事し、今の職場も一人でNHKのドキュメンタリー(ナチスがどうした、沖縄戦がどうした、田中角栄がどうしたとかいう内容)を見ながら昼食を食べています。そっちのほうがずっと楽しいです。間違いありません。
その森博嗣さんは、「何をしたら良いかは、なにかしたらわかる」と述べておられます。検索しろ、ではなく、なにかしたらよい、というのです。理由は、何もしない場合はずっとスタート地点に立ち止まっているも同然であり、スタート地点から見えるものは限られているわけですから、どちらに走ればよいかまったく分からない。実際にどこかに向けて走ってみればより広い眺望が開けてくるわけですから、次はどうしようか、という知恵も湧いてくるでしょう。
ビジネスの世界でも、新しいアイデアを試してみることで市場の反応を見たり、ユーザーからのフィードバックを受けたりして、商品やサービスを改良するプロセスがあります。たとえば関東地方に近く、ほどほどの経済規模があるからという理由で静岡だけで新製品のテスト販売をしてみたりとか。そうやってトライアルをしてみなければ、何がうまくいって何がうまくいかないかを知ることはできません。
そもそも論になりますが、ただ生きていくだけでも多くの不確実性があり、完璧な計画や準備ができることはほとんどありません。何をすべきか明確でない場合でも、とりあえず行動することで次のステップが見えてくることがあります。例えば転職した(これからする)場合であっても、その分野について完璧に理解してから始めるのは難しいですが、実際にその業界で働いてみることで、どのスキルが必要か、どのように成長できるかが分かってきます。
この森博嗣さんの言葉は、行動することの価値とその結果として得られる学びを強調しています。行動によって得られる経験と知識が、新たな行動への道しるべとなり、最終的に目標達成に近づくための道筋を示してくれるのです。
要するに、「何をしたら良いかは、なにかしたらわかる」という言葉は、考えるだけではなく、実際に行動して経験を積むことで、次に進むべき道が見えてくるという実践的な教訓を伝えているのでしょう。
この森博嗣さんの言葉は、行動することの価値とその結果として得られる学びを強調しています。行動によって得られる経験と知識が、新たな行動への道しるべとなり、最終的に目標達成に近づくための道筋を示してくれるのです。
要するに、「何をしたら良いかは、なにかしたらわかる」という言葉は、考えるだけではなく、実際に行動して経験を積むことで、次に進むべき道が見えてくるという実践的な教訓を伝えているのでしょう。
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