第一次世界大戦は世界の姿を大きく変えてしまいました。まずロマノフ朝ロシアとかドイツ帝国とかオーストリア・ハンガリー二重帝国といった「帝国」が消え去ってしまったこと。代わって民主主義国家であるアメリカが急速に台頭してきたこと。毒ガスや飛行機、戦車といった最先端の科学技術を用いた兵器が続々と前線に投入されたこと。これによって死傷者がそれまでの戦争とは桁違いになること。後方でも国民が生産活動に幅広く従事するようになり、総力戦の時代になったこと・・・。

日本は日英同盟に則りドイツ領であった南洋諸島などを攻略したり、地中海に海軍を派遣したりしました。戦勝国となった日本は列強の仲間入りを果たし、国際連盟では常任理事国という地位に上りつめました。これとは対照的にドイツは敗戦国となりヴィルヘルム2世は退位しています。

大正時代には様々な文化が花開きました。海外から有名演奏家が続々と来日したのも、この流れのなかに位置づけることができるでしょう。
でも一体どうしてわざわざものすごく遠い日本みたいなところまで・・・。同じ行くなら米国のほうがいいでしょう。近いですし、向こうのほうがお金だって持ってるに決まってます。当時先進国であったアルゼンチンならちょっと遠いですが、まだわかります。なぜ日本に・・・。


自国の窮乏化が出稼ぎを招いた

本間ひろむ氏の『日本のヴァイオリニスト 弦楽器奏者の現在・過去・未来』という本は、まさに幕末から令和に至るまでの日本・日本人とヴァイオリンとの結びつきがコンパクトにまとまっています。
これによると、「大戦後のドイツを中心としたハイパーインフレで混乱する欧州を離れ、外貨を獲得する必要があったようだ」。第一次世界大戦後のドイツは戦勝国から莫大な賠償金を課せられたため、紙幣をたくさん発行し、賠償金の支払いに充てました。国内の富が増えたわけではなく、富の仮託である紙幣ばかりが増えたわけですから、お金の価値が下がります(物価が上がります)。このことはドイツ経済の安定性を大きく揺さぶり、中流階級の個人貯蓄を無にし、失業率に拍車をかけました。

調べてみたところ、先進国であるフランスでもインフレが起こっていました。賠償金を当てにして放漫財政が続いた結果、インフレ率は300%に達したようです。ちなみにドイツに留学した鈴木鎮一がヨーゼフ・グァルネリを購入できたのもこのインフレが寄与していたようです。

大正時代に来日したのは、例えばエルマン、クライスラー、ハイフェッツ、ジンバリスト。ヴァイオリン界のレジェンドが、要するに欧州では稼げなくなったため来日したというのが実情だったようです。戦前、日本から満州、北米、中南米へ移民する人々がいましたが、理由は日本よりもそちらのほうが生活が向上するだろうという期待があったから。また、最近は豪州やNZでワーホリをするほうが稼げる(たとえばNZの最低賃金は時給23ドル≒2100円)からと若い人たちが就職活動をするのではなくそちらを選ぶというニュースも耳にすることがあります。

もし欧州の経済が安定していたら、エルマンたちもわざわざ来日する必要もなく、パリやベルリンで演奏活動ができていたはずです。となればパリやベルリン市民は一流の演奏を聴けていたはずなのに、実際は経済が低迷していたのでその機会が損なわれてしまった。

貧すれば鈍するとはまさにこのことです。


注:本記事は本間ひろむ氏『日本のヴァイオリニスト 弦楽器奏者の現在・過去・未来』を参考にしました。