タイタニック号の沈没は広く知られた事実です。宮沢賢治「銀河鉄道の夜」にもこの話が描かれていたりしますし、何より映画『タイタニック』は大ヒットを記録しました。

この船が沈没するとき、乗船していた楽士たちは乗客がパニックになるのを避けるために最期の時まで音楽を演奏し、船と運命を共にしました。音楽家としての生き方の一つの頂きと言えるでしょう。

その音楽家の人生はどのようなものだったのかを描いたのがエリック・フォスネス・ハンセンの『旅の終わりの音楽』です。タイタニック号を巡る描写は作者が徹底的に調べ上げ、例えばどのような荷物がどれくらい搭載されていたのか、とか、氷山に衝突したあとで付近の船に救助を求める電文などは事実そのものを記述しています。

他方で乗船していた楽士たちは全員本物ではなく創作上の人物であり、本当なら医者になっていたはずなのになぜか楽士になってしまったといったように、何らかの理由で別の人生行路を歩むことになったその果てにタイタニック号に乗船することになった、というもの。

彼らの人生の道のりに重ね合わせるかのように、19世紀末~20世紀初頭のヨーロッパの情景が描き出される様子はノスタルジーに満ちています。夏目漱石の小説を読んだ私達が、江戸時代から明治維新を経て急速に近代化し、日清戦争、日露戦争、そして第一次世界大戦へと進むなかで社会の変遷について行けなかったり、欧米の考え方と日本人のこれまでの価値観の間で葛藤を味わったりする様子を見ては共感するのにも似て、おそらくヨーロッパの読者もこの作品を読んで懐かしさを覚えるのでしょうか。

それほどまでにこの小説はディテールが充実しており、古き佳き時代のヨーロッパを彷彿とさせるものがあります。
・・・でもその反面、やたらと長い(全部で600ページ)ため、一度共感できなくなってしまうと冗長に感じるようになり、「もういいや、さっさと終わりやがれ」という気持ちを持つようになってしまうかもしれません。いや私が完全にそのパターンでした。

ちなみに映画『タイタニック』では、沈没する際に楽士たちが演奏しているのは賛美歌「主よみもとに近づかん」ですが、エリック・フォスネス・ハンセンは以下のように述べています。
バンドが最後に何を演奏したのかという問題ひとつをとっても、「タイタニック号専門家」のあいだで激論が闘わされている。最近の研究によれば、最後に演奏された曲は賛美歌ではなく、当時流行していた物悲しいワルツだったことがかなりはっきりしてきたようだ。年配の読者は聞き覚えがあるかもしれないが、ソンジュ・ドートンヌ(秋の夢)という曲である。
しかし、本書は小説であり、歴史書ではないので、最後の時間にこのバンドのメンバーに何が起こったかについても、わたしは自分で創作した。
ソンジュ・ドートンヌは Songe d'Aoutomneでフランス語の題名ですね。曲はこちらのようです。




こういう曲だとは知らなかった。てっきり映画のすり込みで「主よみもとに近づかん」だと思っていましたがそうじゃなかったんですね。しかしそれくらいの感想しか持てなかった・・・。