謎の習慣というか、もはや奇癖というべきか。私は諏訪湖を訪れるたび、上諏訪駅東口を出て徒歩30秒のところにあるCD店に入る習慣があります。そこでクラシックのCDを購入するのです。
パリに行ったときも一番キラキラしていたのはディスクユニオンみたいな中古CD店(ジベール・ジョゼフ)を見つけたときでした。他にもルーブルとかエッフェル塔とか色々見どころはあるはずなのに、一体どうして中古CDを・・・。そしてそこで購入したモーツァルトの室内楽のCDも帰国してろくすっぽ聴いてはいないのでした。
思い出せば受験のために初めて東京に来たそのときも東京駅構内のCDワゴンセールに吸い寄せられてフルトヴェングラーが指揮するベートーヴェンの『田園』(500円)を買ってそれだけで満足してしまったのでした。何をしに東京に来たのでしょうか。
それはともあれ2024年4月のとある土日に諏訪湖を訪れ、案の定CDを購入したのでした。・・・土産物は買わんのかい。
というわけで購入したレーグナーのワーグナー。これがなかなか名演だったのです。あの有名なドイツ・シャルプラッテンの録音からの1枚。収録曲は、
1 楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」~第1幕への前奏曲
2 楽劇「ラインの黄金」~前奏曲
3 楽劇「トリスタンとイゾルデ」~第1幕への前奏曲
4 ジークフリート牧歌
2 楽劇「ラインの黄金」~前奏曲
3 楽劇「トリスタンとイゾルデ」~第1幕への前奏曲
4 ジークフリート牧歌
再生してみて初めて分かる(当たり前)のですが、「こんな個性豊かで柔らかいワーグナーがあったのか!」と思うこと間違いなし。この音色はカラヤンのようなレガートが常にかかった流麗な響きとも違いますし、ショルティのような高層建築とも違いますし、フルトヴェングラーのようなドイツ・ロマン派の末裔の響きでもありません。チェリビダッケのように宗教的な雰囲気があるわけでもなく、アバドのように颯爽と流れるわけでもなく、とにかく「他の誰とも違う響き」がしています。しかもそれでいて人を飽きさせない個性豊かな音。こういう音楽を実演で聴けたら文句はないのですが、現実には「普通の演奏」がやたらと多いのが実情です。レーグナーは存命中にたびたび読売日本交響楽団に客演して名演を聴かせていたようですが、なんと羨ましい時代だったことか。
「ぼくはこの『ジークフリート牧歌』を聴いている間中、温かい感情に満たされ、心が震え通しであった。恍惚たる陶酔境を彷徨った。」
「『名歌手』はこのレコードの白眉である。それどころか、過去の名盤と比較しても、クナッパーツブッシュ=ミュンヘンに匹敵する唯一の演奏といえよう。」
ライナーノーツを執筆したのは宇野功芳さん。1970年代の文章ですが、これ以降においてもこの録音を上回る面白いワーグナーのレコードはほとんど発売されていないことは確かです。
注目すべきは「楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」~第1幕への前奏曲」であり、上に記したことが当てはまります。
さらには「楽劇「トリスタンとイゾルデ」~第1幕への前奏曲」の編曲も秀逸です。第1幕への前奏曲なので「愛の死」は含まれていないはず。普通なら。これはどうやらレーグナーがちょっと編曲しているらしく、前奏曲に続けて「愛の死」の終わりの場面が継ぎ足されています。というわけで11分程度で前奏曲+愛の死を聴くことができるというわけ。柔らかい響きで「これは「ペレアスとメリザンド」か?」と思ってしまうような淫靡な音が聴きものです。
たしかこのCDは2011年リリース(再発売)なのでとっくに店頭から無くなっていてもおかしくない商品です。が、どういうわけか上諏訪のCD店にはひっそりと生き残っており、幸いにして私はこれを東京へ連れ帰ることができました。奇癖もたまには役に立つのですね。
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