ご存知のとおり、かつて日本には零戦のほか隼、疾風、紫電改など傑作戦闘機がありました。なかでもひときわ有名であった零戦も、結局は平凡無難なスペックであったグラマンF6Fを主力とした物量の前に少しずつ押されてゆき、やがては昭和20年夏の敗戦へと至ります。
戦後、アメリカ占領下の日本では航空機の研究開発が禁じられ、ここで技術の蓄積と継承が途絶えてしまいます。このころ世界的にはレシプロ機からジェット機への移行の時期にあたっていましたが日本はこの波に乗ることがかなわず、YS-11のようなわずかな例外を除いてメイドインジャパンといえる航空機はありません。
日本という国は、ソニーやホンダといった企業があるようにAV機器や自動車、そのほかカメラなどといった製品では抜きん出た競争力を持ちながらも航空の分野ではそのようなことはまったくありませんでした。
そして長い冬の時代を経て三菱重工がMRJを製造することがきまりました。が、2008年に事業化を決めてから何度も納入を延期し、その後撤退に追い込まれています。それでも・・・。
経済産業省は27日、官民で国産の旅客機開発に取り組む方針を示した。今後10年で官民で5兆円を投資し、2035年以降の開発を目指す。23年に三菱重工業が国産初のジェット旅客機「三菱スペースジェット(旧MRJ)」の開発から撤退した反省から、国内外の複数の民間企業で再開発に取り組むことを想定するが、実効性が課題だ。
同日、同省で開いた有識者会議で、新たな航空機産業戦略案を示した。旧MRJ開発撤退後、国内で旅客機開発はない。だが、新戦略では部品など産業の裾野が広い航空機産業について、経済安全保障上の重要性や防衛産業との親和性の高さなどから投資が必要だと指摘した。また、脱炭素社会での需要を見据え、ジェットエンジンを使う現行のジェット機ではなく、水素エンジンを使った次世代機の開発を目指すとした。(毎日新聞2024年3月27日記事「国産の旅客機、再開発へ 旧MRJの失敗分析で新戦略 経産省」より)
一体どういうわけなのか、私にはこの記事を読んだ瞬間なぜか「あ、こりゃうまくいかないな」という予感がしました。なにしろ、「国内外の複数の民間企業で再開発に取り組むことを想定するが、実効性が課題」とありますが、単独で取り組んでだめでした、ならば複数でということなのでしょう。でも複数の会社で横断的に取り組むのは単独でチャレンジするよりも難しいのではないでしょうか。トヨタとその系列ということであればトヨタの仕様に基づいて各部品を設計すればよいでしょう。でも例えば三菱重工とIHIと川崎重工が対等の立場ですり合わせをせよと言われても実際には無理でしょう。
さらに、「ジェットエンジンを使う現行のジェット機ではなく、水素エンジンを使った次世代機の開発を目指す」というのも失敗しそうな気配がします。ジェットエンジンなんていう数十年前に出来上がった機構を採用しても開発が頓挫しています。ならば水素エンジンという開発途上にあるものを開発しながら、これを旅客機に搭載し、動力源とするなんて可能なのでしょうか。
日本の製造業に競争力があったのは昔の話であって、今や見る影もありません。2010年代は、海外旅行のたびに少しずつ海外の免税店でSONYやNikonを見かけなくなり、代わって中韓のメーカーに取って代わられていっているのをまざまざと覚えています。
この予想が外れであれば良いのですが、私は旧MRJの再チャレンジに嫌な予感100%でした。
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