ここ数年でセルフレジの普及が進みつつあります。理由は色々考えられます。たとえば従業員がレジでの対応に費やす時間を減少させ、店舗の全体的な効率を向上させることができるという店にとってのメリット。また、従業員を必要とする場面が減るため、人件費の削減にもつながります。これも店にとってのメリット。毎年のように最低賃金が改定される局面にあっては、「いちいち人なんか雇ってられない」という気持ちもわかります。

また、新型コロナウイルスの流行により、非接触型のサービスが重要視されるようになりました。セルフレジは、従来のレジと比較して接触が少なく、感染リスクを低減できるとみなされ、その需要が一層高まった感があります。

が、セルフレジのせいで逆に時間がかかるという場面もしばしばあります。
テクノロジーのお陰で人は便利になるかと思いきや、じつはそうではないようですね。一体・・・。


良かれと思ってやったことが逆効果を生むこともある

私の個人的経験から。

1.結局人が見なければいけない
これはローソンのセルフレジのことです。ビールとかワインを買おうとすると、成人が買っているのかどうかを店員がチェックしなければなりません。つまり店員が来るまで支払いプロセスが止まってしまいます。といってもいつもすぐそばに店員がいるわけではありませんし、彼らも別に暇なわけではありませんが、それなのに彼らが「セルフレジまでやって来てチェックする」という手間が発生します。

2.機械の使い方がわからん
これは西友のセルフレジのことです。1つで100円、3つで250円の商品がありました。「ふーん、3つ買ったら250円だということを機械に理解させなければいかんな。『1つで100円』を3回スキャンすると300円になってしまうから、50円損してしまうな。でもどうすればいいんだろう。せや! 重ねてスキャンしたれピコ」

「100円」

「」

さらにはお店によってセルフレジの機械が違っており、A店で通用するやり方がB店で通用するわけではありません。辛い。

こうしたことは全国的に発生しているらしく、
コロナの感染拡大防止(非接触・非対面)を契機に加速した「セルフレジ」の導入。今では当たり前の光景となったが、セルフレジでの精算に苦戦する客は少なくない。不慣れな機械の操作にまごつき、苛立ちを店員に向ける客もいる。

「当店では、商品バーコードの読み取りから精算まで、すべてお客様が行なう“フルセルフレジ”を採用しています。私たちは『バーコードが読み込めない』といったお客様の対応をしますが、『(操作を)教えるヒマがあるなら、あなたがやってよ!』と言ってくる方も少なくない。1人に対応すると、それを見ていたお客様が次から次に『俺も、私もやって』となってしまう。有人レジより余計な手間が増えた印象です」(前出・40代女性パート店員)

メーカーによって異なるセルフレジの操作も、混乱に拍車をかける一因だ。同じ商品を複数購入した際、操作によって一度で精算できるレジもあれば、ひとつずつバーコードを読み取らなければならないレジもある。こういった点が利用客にも大きなストレスになっている。

(中略)

消費生活アドバイザー・丸山晴美氏が指摘する。

「人員削減等のニーズから、今後もセルフレジの需要は拡大すると考えます。そうしたなか、店舗と利用者の間で、思わぬ行き違いが生じることも往々にしてあるでしょう。たとえばスーパーやコンビニなどでバーコードのない『3割引』や『半額』シールだけが商品に添付されていた場合、(セルフレジの)バーコードと対応していないこともあります。私がやっている方法ですが、精算時のトラブル防止のため、セルフレジでは必ずレシート・領収証を受け取って、間違いがないかチェックしましょう」

(https://www.moneypost.jp/1028100より)

「精算時のトラブル防止のため、セルフレジでは必ずレシート・領収証を受け取って、間違いがないかチェックしましょう」・・・って、そんなこと、有人レジを利用すればやらなくても済んでいたはずの作業です。利便性向上のために導入された機械が、かえって消費者にレシートチェックという作業を発生させてしまう。さらには「機械が使いにくい」というクレームが発生してしまっています。機械は人間のような柔軟性・融通性が一切ないため、決められた手順でなければ意図した結果を得られません。しかし1億2千万もの国民全員が、「決められた手順」を実施できるはずもありません。

結果として、機械化を推進した結果、かえって余計な手間やトラブルを発生させるということが起こっているようです。これは私の職場でも(皆さんの職場でも)よく起こっていることではないでしょうか。例えば便利なツールや機械を導入したら、作業が増えた、労働密度が上がって仕事がきつくなった(が、賃金は変わらず)。私の場合は職場でGoogleなんちゃらとかインターネット決裁なんちゃらとかWebチャットとか妙なものが激増し、10年前と比べると1日の労働時間のなかでやらなければならないことが格段に増えました。たとえばメールを受信する数も、多くて1日30件でしたが今では1日100件以上です(が、賃金は変わらず ← 2度言いました)。

「地獄への道は善意で敷き詰められている」というドイツのことわざがあります。よかれと思ったことが、かえって、人々を地獄に追い込むという意味です。あるいは、善意でなされた行為であったとしても、その実行により意図せざる結果が招かれる、というものです。

夏目漱石は、たしか『こころ』だったか、学問は人間を幸福にしないと言い、永井荷風(これもうろ覚え)は進歩ほど人間を不幸にするものはない、と言っていますが、このセルフレジをめぐる一悶着を巡っても、テクノロジーが進歩して便利になったからといって、それが幸福度向上に寄与するとは限らないというのが身にしみてわかります。私なんか、メールの数が多すぎて、職場の人間が完全に嫌いになりました。もうお金も十分貯まったし、地元に戻ってセミリタイアしようかと本気で考え始めました。