バーバーのアダージョは、多数ある彼の作品のなかでもひときわ有名なものです。
もともと1936年の弦楽四重奏曲ロ短調の第2楽章・・・、つまり作品の一部でしたが、1938年にトスカニーニ指揮NBC交響楽団により、弦楽合奏版として初演されています。
ウィキペディアによると、
アメリカでは、この曲が有名になったのは、ジョン・F・ケネディの葬儀で使用されてからである。そのため個人の訃報や葬送、惨事の慰霊祭などで定番曲として使われるようになったが、バーバー自身は生前「葬式のために作った曲ではない」と不満を述べていた。
日本においては、昭和天皇の崩御の際に、NHK交響楽団の演奏を放映した。
と書かれています。その他にも東日本大震災ののちに演奏されたりと、追悼のイメージに重ねられがちなようです。
確かに、静謐な音楽が少しずつ盛り上がっていく様子は、エルガーの『エニグマ変奏曲』の「ニムロッド」にも通ずるものがあります。もちろん「ニムロッド」も有名人の葬儀などで使われがちであることは言うまでもありません。
1891年ストラスブールに生まれた指揮者シャルル・ミュンシュは得意とするレパートリーはベートーヴェンやブラームス、そしてベルリオーズといったドイツ・フランスの音楽でした。しかしミヨーやオネゲルなど現代音楽の普及にも熱心に取り組んでおり、ボストン交響楽団時代にはフォス、ピストン、そしてバーバーらアメリカの新進気鋭の作曲家の作品の紹介にも力を入れていました。
というわけでミュンシュが指揮したバーバーの「弦楽のためのアダージョ」の録音も残されています。1957年4月3日、ボストンシンフォニーホールでもちろんボストン交響楽団を指揮したものです。
・・・が、これを聴いてみると「弦楽のためのアダージョ」であることは確かなのですが(そりゃケースに「弦楽のためのアダージョ」と書いてあるのに「ドン・ファン」とか「ブランデンブルク協奏曲」が収録されていたら明らかな製作ミスだ)、やはりミュンシュらしいというか、静謐ななかにも剛毅なところが感じられます。
テンポはやはりいつもの彼らしくハイペース。そしてボストン交響楽団の弦楽器群がむせぶように歌います。ボストン時代のミュンシュの有名な録音、たとえばベートーヴェンの『第九』とかメンデルスゾーンの『スコットランド』をご存知の方は「いつものミュンシュじゃないか」と思うこと間違いなし。
てっきり曲想に合わせていつもの調子を封印し、違ったアプローチを試みるかと思いきやそんなことは全くありません。ただ若干陰影感が足りないかな、と思うのもやはりボストン時代のミュンシュ。果たしてこれはバーバーが期待していた音風景なのかどうかは謎ながらもミュンシュの音楽性がこれまたはっきりと表れた録音です。
この録音を聴いていると、人の性格や癖は結局変わらないのだということがなんとなく分かります。
これは恐ろしいことです。私自身もヴァイオリンを弾きますが、自分でも気づかないうちにバッハを弾こうがモーツァルトだろうがチャイコフスキーだろうが、良くも悪くも「私の音楽」になっているということです。勝手にポルタメント気味になってしまう音色とか、いつも駒からやや遠いところに弓を当ててしまうところとか、もはや習慣化しています。そういえばハイフェッツもグリュミオーもやはりどの作品を弾いていてもハイフェッツはハイフェッツでありグリュミオーはグリュミオーです。
ミュンシュの「弦楽のためのアダージョ」は、かつては廉価盤で1枚1,000円で発売され、地方都市のCD店でも見かけていたので、運が良ければ中古CD店で今でも手に入るはずです。これがバーバーの「弦楽のためのアダージョ」のベスト演奏とは言いませんが、「ああ、やっぱりミュンシュはミュンシュなのだ」と納得したい方(そんな人いるのか?)にはおすすめできる一枚と言えるでしょう。
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