うーむと唸ってしまう出来事がありました。
私は年明け1月2日、近所の某牛丼屋に行きました。一人暮らしなのでどこで何を食べようと自由。コンビニで何かを買ってきてもよかったのですが、年末年始はゴミの収集がないため、ゴミを少しでも減らそうと外食することにしました。コンビニのイートインスペースでもいいじゃないか? いえ、近所のコンビニのイートインスペースを昼食で使いました。夕食もそこでするのはさすがにどうかと思ったのです。
が、間違った判断でした。私は二度頭を抱えることになりました。
まず牛丼屋で注文したものの、いつまで経っても料理が来ない。牛丼なんて大して時間がかかる料理ではありません。早ければ30秒で出てきます。
が、この時は15分待ちました。どうやらテイクアウト客が数人いたのがまずかったようです。見た目は数人でも、おそらく家族全員の食事を買おうとしているのでテイクアウト客✕家族の人数になるわけですから、数名体制で回している店にしてみればゲリラ豪雨的に注文が殺到したに等しいでしょう。いつまでもいつまでも出てこないので私は「なぜこの店にしたのか」と頭を抱えました。
さらにますます頭を抱える羽目になったのが、後ろの席に座っている高校生の日本語が汚いこと汚いこと。男子高校生ってこんなに言葉が汚いのか?
「お前、〇〇がさ、〇〇じゃね」
「んなことねーよ」
「だってさ、あいつマジで終わってんじゃん」
「これマジでうざくね?」
「お前さ、だってさ、これすげーやべーもん」
これを北関東から埼玉方面のイントネーションで声に出して読んでみてください。普通に耳にするだけでも不快感を覚えますが、食事中に聞こえてくるとますます不快です。彼らはおそらく自分たちの言葉遣いが下品だと気づいていない。だからこそ私が食事を待つ間~食べる間のおよそ20分(待つのは15分、食べるのは5分!)、延々と汚い言葉遣いを続けられるのでしょう。最近の高校生ってこんなに言葉が汚いのかと、暗澹とした気持ちになりました。女子高生はクラスのこういう男子をどう思っているのか、一度尋ねてみたいと思いました。そういう機会があるかどうかは別ですが。
たまたま私は年末年始を利用し、ほぼ25年ぶりに(もしかすると人生最後になってしまうかもしれない)田中芳樹さんの『銀河英雄伝説』を読み返していました。日本語のレベルが高校生男子と大違い・・・。
「私はここに宣告する。不法かつ卑劣な手段によって幼年の皇帝を誘拐し、歴史を逆流させ、ひとたび確立された人民の権利を強奪しようとはかる門閥貴族の残党どもは、その悪業にふさわしい報いを受けることとなろう。彼らと野合し、宇宙の平和と秩序に不逞な挑戦をたくらむ自由惑星同盟の野心家たちも、同様の運命をまぬがれることはない。誤った選択は、正しい懲罰によってこそ矯正されるべきである。罪人に必要なものは交渉でも説得でもない。彼らにはそれを理解する能力も意思もないのだ。ただ力のみが、彼らの蒙を啓かせるだろう。今後、どれほど多量の血が失われることになろうとも、責任は、あげて愚劣な誘拐犯と共犯者にあることを銘記せよ……」(『銀河英雄伝説4巻 策謀篇』より)
話をご存知の方なら、誰がどういう状況で発した言葉かはすぐに思い出せるはず。高校生の日本語とのプロの小説家の日本語の落差に驚きます。
さて、小学4年生の国語の教科書に掲載されている「一つの花」という作品をご存知でしょうか。これは、戦争を描いた名作とされています。あらすじはこうです。徴兵されたお父さんが出征してゆくとき、娘が「一つだけ」といつものようにご飯をせがむので、父が弁当として持っていたおにぎりを食べてしまい、それでもまだ「一つだけ」と繰り返すので、不憫に思った父は路傍に咲くコスモスを摘み、「一つだけあげよう」と言って手渡します。
敗戦を経て、日本にはふたたび平和が訪れます。しかし父は戦争から戻ってくることはありませんでした。その代わり、娘の家の周りにはたくさんのコスモスが咲き乱れていました。
「なぜ、お父さんはコスモスをあげたのか?」と教師が児童に問いかけると、「駅で騒いだ罰として、汚い花を娘に食べさせようとした」「父は金儲けのためにコスモスを盗んだ。娘にコスモスを栽培させて売ればお金になると思ったから」という回答が実際にあるそうです。
その話を聞いた時、最初は本当かよ、と疑いましたが、高校生の話すしょうもない日本語を耳に入れてしまったあとでは、「さもありなん」と思えてなりません・・・。
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