ヴァイオリンの楽譜がベストセラーになることは絶対にありません。日本のヴァイオリン人口はおよそ10万人と言われており、すべてのヴァイオリン奏者がある楽譜を購入したとしても10万部の売上となります。
戦後日本の最大のベストセラーは黒柳徹子さんの『窓ぎわのトットちゃん』で、800万部を売り上げたこと、それでも日本人全体のおよそ8%しか行き渡っていないことになります(世代交代による人工増減は考慮していません)。
もし同じくヴァイオリン奏者の8%が購入した楽譜があるとすると、8千部。うーん、『窓ぎわのトットちゃん』レベルの大ヒットでも8千部なのか・・・。せいぜいマンモス大学の1学年分くらいですね。
出版社もそういうことを見越しているのかどうかはわかりませんが、わりと簡単に絶版になってしまったりします。江藤俊哉さんが監修したヴィターリやサン・サーンスの楽譜もフィンガリングがまさに江藤俊哉さんの音色がすると有名ですが、完全に品切れになっており書店で見かけることもありませんし、メルカリでも見かけません。
だからといって自分が弾けるわけでもない楽譜を、「将来使うかもしれないから」と安易に購入するのも考えものかもしれません。というのは、毎日新聞で次のような記事を見つけたからです。要約すると、「ゴミの量は貧しさと比例する」という内容です。
東京23区内でゴミ収集作業員として働くお笑いコンビ「マシンガンズ」の滝沢秀一さんは、記者のインタビューに対して次のように答えています。
東京23区内のいろんな場所で回収していますが、お金持ちエリアと庶民エリアとで全く違うのが、ゴミの量。お金持ちの方が物をたくさん買って捨てている、と思われがちじゃないですか。実は逆で、お金持ちになればなるほど少ない。
お金持ちにもランクがあって、僕は松竹梅で分けています(笑い)。松のゴミになると本当に生活しているのかって思うくらい少なくて、「自分が認めた物以外には1円も払わないぞ」っていう信念が漂っている感じです。
庶民エリアからはチューハイ缶、たばこ、100円ショップのかご、洋服が大量に出ることが多いのですが、お金持ちエリアでそういうことはない。一般人のゴミには、安いけど長持ちしない「消え物」が多くて、お金出してゴミを買ってるんじゃないかって思うくらいです。だから、ゴミの量は貧しさと比例しているような気がします。
そうした違いに気づいて「お金持ちのゴミをまねしたら自分もお金持ちになれるんじゃないか」と思い、徹底的にゴミを減らすようにしたんです。(2023年1月7日毎日新聞記事「お金持ちのゴミには〇〇がない? 清掃芸人・マシンガンズ滝沢さん」より)
一見、ベートーヴェンの協奏曲やブラームスのソナタの楽譜というと何やらありがたみがありそうな気がしなくもないですが、自分がそれを演奏する力量がなく、将来的にも同じく人前で鑑賞に耐えうるレベルで披露できる見通しがないのであれば、無用の長物であり、本棚に並んでいるゴミだと言っても差し支えないでしょう。使わないのであれば自宅の限られたスペースを圧迫し、それがあるがために新しいものを入れる余地がなくなり、結局は生活の質を押し下げてしまいます。
私自身も、弾けるはずもないのにショパンのエチュードなりバラードなりをイザイがヴァイオリン用に編曲した楽譜を買ってきたことがありますが、購入してから5年が経過したものの実用に供されたことはなく、完全に塩漬けになっています。実際に音にしてこそ楽譜の意味があるのに、一体私は弾けない楽譜を買ってきて何がしたかったのでしょうか。アホとしか言いようがありません。元々大して買い物をしない生活でしたが、2024年は楽譜という聖域にも容赦なくメスを入れていくようにしたいと思います。
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