録音というのは便利なもので、ミスを修正したり、修正したことをそもそも気づかれなかいようにきれいに誤魔化したりすることができます。たとえば「ライブ録音」と銘打って発売されているCDであってもも、実態としては「本番の演奏を主に、ミスがあった箇所はリハーサルのときの録音を切り貼りして制作している」というのはよく知られた話。実際に「ライブ録音」と称するCDの録音日を確認してみると、ライブ録音なのになぜか3日にわたって録音したということになっています。

この他、コンサートホールではこういうふうに聞こえないだろうという音響になっている場合もあります。妙にブリリアントな音色になっていたり、残響が追加されていたりします。自分が練習しているヴァイオリン曲の研究のためにあるヴァイオリニストのCDをよくよく聞いてみたら、そういう編集のせいで肝心の部分がよく聞こえなかったこともあります。そんなやり方で商品化しないでくれ・・・。

さらに、これは親切心なのか何なのか、ロドリーゴ『アランフェス協奏曲』のように、ギターの音色が小さいからといってオーケストラに匹敵するくらいの音量に拡大されていたりすることも。コンサートホールで聞いてみると、ギターはオーケストラに埋もれがちなのでこれはまだわかります。

今日採り上げてみたい珍録音は、なんとカラヤン・・・。


フィルハーモニア管時代のカラヤンの不自然な『第9』

1940年代~1950年代にかけてカラヤンはフィルハーモニア管弦楽団と多くの録音を残しています。
その中の代表例ともいえるベートーヴェンの交響曲全集は今も廃盤にならず、リリースから70年近く経過した今もタワレコやHMVなどで購入することができます。後年のベルリン・フィルハーモニーとの録音とは解釈が異なるのか、きりりと引き締まったサウンドがウリです。

1955年録音のベートーヴェンの『交響曲第9番 ニ短調』もやはりキビキビとした進行で、同じくたびたびフィルハーモニア管弦楽団を指揮していたフルトヴェングラーとは世界観や指揮の技術がまるで違っており、新時代を担う意気盛んな(といってもその時すでにカラヤンは47歳だったのだが)人材が現れたことを予感させるものです。

・・・が、私がこの録音を聴いていてズコッとなった箇所があります。第4楽章のテノールのソロ部分です。Froh, wie seine Sonnen fliegen・・・の箇所ですね。

テノールの声がやけにクローズアップされていて、オーケストラよりも明らかに声量が大きいのです。マイクの近くで歌っていたのでしょうか。オーケストラを圧倒するほど大きな声を出そうとするなら、ウルトラマンくらい巨大化しなければならないはず。こんな不自然な録音はほかに聞いたことがありません。

しかし第四楽章大詰めの、ソリスト4人が歌う箇所になるとごく普通の声量になっており、他のソリスト3人と並んで歌っている様子が伺われます。いきなり身長が縮んだのでしょうか。『魁!!男塾』の大豪院邪鬼か・・・。

いったいカラヤンはこの録音を発売するにあたり、自分でチェックをしたのでしょうか。したうえで発売を認めたのでしょうか。そういえばカラヤンの映像作品でも微妙に映像と音がずれている箇所があったりします。また、プロオーケストラ団員に言わせると「カメラの前での演技にばかりこだわっていて、ああいう振り方をされると演奏できない」とか。

しかし輪をかけて不思議なのは、色々なレビューに目を通してみても、誰一人としてこのテノールの珍妙なクローズアップに触れていないことなのです。一体なぜ・・・。