ヴァイオリンを弾く人にとって音階練習は必須科目。避けては通れない道です。これを避けてしまうとどんな曲を演奏しても毎度のごとく音程が外れるので弾けば弾くほどジャイアンソングに近づいていってしまう運命が待ち構えています。別の言い方をすると、ヴァイオリンを習っているのに先生が「小野アンナの音階教本を買ってこい」とか「セブシックのこれをやれ」とかをいつまでも言わないということは、先生に本気で教えるつもりがないか、あなたが本気で上達する姿勢を見せないので「こいつはどうせこんなもんだろう」と見切りをつけられているかの可能性が濃厚でしょう。

しかし音階練習はそれはそれは苦痛というか無味乾燥なもので、毎日毎日「ドレミドレミドレミ」などと音の高さを確かめなければなりません。しかも絶対音感がない人の場合、ピアノを使って確かめるか、チューナーを併用するか、「たぶんこれくらいかな」と大体音感でGO! にならざるを得ません。どっちにしても退屈なことには変わりがなく、音階練習のせいでヴァイオリンをやめてしまった人はきっと数多くいるに違いないでしょう。

私も音階練習が退屈で・・・、このブログに何度も書いた通り音階を弾きながらタブレット端末でラジオ番組を視聴しています。









しょうもない番組が多い? 悪かったな。

それはともかく、音階とかクロイツェルとかを弾きながらラジオを再生していると、あることに気づきます。

耳に届きやすい声と、耳に入ってこない声があるのです。一体なぜ・・・。

まず耳に入ってこない声はこちら。(以下、耳に入ってこない声、届きやすい声、どちらも個人の感想です。)



この番組のパーソナリティ二人は歌手のはずなのに、なぜか耳に入ってきません。

他方で、やけに耳に届く声はこちら。


丹生明里さんは日向坂46のメンバーの1人。べつに声優でも女優でもありません。が、妙に耳に入ります。

別にラジオに限ったことではないのですが、女性と話していると発声に芯または輪郭があり、くっきりと聞き取れる声と、芯や輪郭の存在感が乏しく、私の耳にまでいまいち届いてこない声があります。声帯なり背中なりの筋肉のせいなのか、何なのか理由は不明ですがとにかく声が聞こえにくい人とよく聞こえる人がいるのです。

もしかしてヴァイオリンもそうかもしれません・・・。


同じストラディヴァリウスなのに聞こえる音、聞こえない音

音楽プロデューサー、中野雄さんは『ストラディヴァリとグァルネリ』という本でご自身のエピソードをお話されています。ケンウッドの取締役から音楽プロデューサーに転身したという経歴上、指揮者やオーケストラの団員などとの交流が広く、ご自身も東京大学のオーケストラでコンサートマスターだったという中野さん。

1990年代のある日、ウィーンのホテルでウィーン・フィルハーモニーの団員であったヒューブナー氏が所有するストラディヴァリウスを手に歓談し、中野さんはこの銘器を(そんなチャンスめったにありませんから)弾き始めました。その時、同じ部屋にいた友人は「買い物に行ってきます」としばらく外へ出かけました・・・、が、帰ってきません。中野さんがしばらく演奏したあと、ヒューブナー氏にストラディヴァリウスを渡して弾いてもらってみたところ、さすが一流奏者だけに立派な音がしました。

そして部屋のドアが開いて、先ほどの友人が戻ってきました。曰く、この部屋の番号を忘れたので廊下をウロウロして、それでもわからないのでフロントに戻って尋ねようかと思っていた。すると突如としてヴァイオリンの音が聞こえたので、ここだとわかった。

「でもその前に私も弾いていました」と中野さん。しかし友人は「何も聞こえませんでした」。
私はがっかりした。「愕然とした」と言ったほうが正しいかもしれない。同じ楽器を弾いても、素人が弾けば、たとえそれがストラディヴァリウスなどの銘器であっても、ホテルの部屋の外には聞こえない。ヒューブナーのような名手が弾けば、一流ホテルの厚いドアを貫徹して、音は廊下まで響く。

(中野雄『ストラディヴァリとグァルネリ』より)
要するに同じ楽器、同じ弓でも演奏者が違うと音質はガラリと変わるというわけ。ということはアマチュアが1000万円もするような銘器を買ってきても自分が下手くそだと無意味だということです。

もし本番の様子を録音して、プレイバックを聴いてみて「こりゃ楽器買い替えたほうがいいかもな」なんて思うのであれば、原因は楽器ではなくて自分にありそうですね・・・。私も70万円程度の楽器を所持していますが、おそらくこれ以上高いヴァイオリンに持ち替えたところでたぶん意味がないので、一生今の楽器を使い続けることになると思います。