ヴァイオリンの練習というのはものすごく時間を食います。私は平日で(うまくいけば)2時間、休日で(これもうまくいけば)4時間を練習のために確保するようにしています。それでも時間が足りません。ただそれ以上やりこんでも疲れて散漫になってしまうこともあります。将来プロを目指す子供たちは(自分の意志でプロになると誓ったのか、親に強要されたのかは不明)その2倍、3倍も練習できていることを考えると、要するに私には素質も環境もなあんにもないんですね・・・。
そうやって忙しくしていると、日常生活のいろんなことがおろそかになっていきます。
これをおろそかといっていいのかはちょっとためらいがあるものの、渡辺麻友さんが芸能界引退してからというものTVなんて全然見ませんから最近の流行は何も分かりません。数百年前のバッハやモーツァルトがわかっていればOKという攻めの姿勢を崩しません。
当然ながら映画も観に行くことがほぼありません。ヴァイオリニストのリサイタルはさすがに気になるのでちょくちょくコンサートホールに足を運びます。でも浜離宮朝日ホールとか第一生命ホールのように私の家から1時間以上はかかるところにはまず行きません。コンサートは2時間が標準的な長さ。でも休憩とかカーテンコールを含めての長さであり、実際に音楽を演奏しているのは70~80分程度。そのために往復2時間を費やすのは不合理です。よほど気になるヴァイオリニストだというのなら話は別ですが・・・。
「成功者のほとんどは他人が時間を浪費している間に先へ進む。私はこれを見てきた」(フォード)
この言葉はヴァイオリンに取り組む人なら手帳にボールペンで書いておくべきでしょう。
「お前がいつの日か出会う禍(わざわい)は、お前がおろそかにしたある時間の報いである」
「お前がいつの日か出会う禍(わざわい)は、お前がおろそかにしたある時間の報いである」。これはナポレオンの言葉です。夏休みの宿題が終わらないといって8月31日の夜にドラえもんに泣きつくのび太くんに教えてあげたいですね。
でもヴァイオリンを弾く人も同じですね。本番で重音が綺麗に響かなかったり、付点休符の数えが甘かったりするのは、大抵は事前にそこをきちんと練習できていなかっただけのこと。その報いこそ、舞台上での公開処刑です。
音楽というのは二重の意味で時間との戦いです。一つは、練習時間を確保するという戦い。このために家事は時短、仕事も効率よく終えてなるべく残業しないで帰宅する。私は通勤時間を短くしたいのと、電車やバスを使って通勤したくないことを理由に自転車で職場へ通える範囲内に住んでいます。
もう一つは、演奏時間という戦い。音楽はアンダンテとかアレグレットとか、作曲者が指定したテンポで演奏しなければなりません。そのテンポをキープしながら、1小節の中に楽譜に書かれた音符を正確に並べる必要があります。これが「1小節のなかに十六分音符がいくつも並んでいる」ような譜面だとさあ大変。ムラなく、音程も正しく。これを守ることがなんと難しいか。
そう意識しながら練習していると、私は歯が痛くなりました。以前治療したはずの歯の周りの肉が妙に柔らかくなり、膿が溜まっているようなのです。これはいかん。そう思って歯医者さんへ行くと「炎症を起こしていますね」ということで銀歯で埋めた箇所を開封して消毒することに。同じ消毒を1,2週間にかけて何度も行うことになりました。
単純に「ヴァイオリンの練習が忙しいから」と、歯磨きがおろそかになっていたのが理由に違いないのですが、これもまた「お前がいつの日か出会う禍(わざわい)は、お前がおろそかにしたある時間の報いである」の一種です。結果的に、歯磨きを時短で節約した時間よりも遥かに多くの時間を治療のために費やすことになってしまいました。これはアホとしか言いようがありません。
注:本記事作成にあたり百田尚樹さんの『成功は時間が10割』を参考にしました。
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