マッチングアプリというのは文明の利器とでも言いましょうか、自分の行動範囲以外の人と出会うことが可能になりました。インターネットがなければそういうことは実現しなかったわけですから、お陰様でバラ色の未来が広がる・・・、というのがサービス提供会社の主張でしょう。

でもこういうのはあくまでもポジショントークであって、物事にはメリットがあればデメリットがあるのもまた事実。そしてサービスを提供する側は、みんなに使ってもらってしっかり課金してほしいのでメリットを強調してデメリットを控えめに伝えるか、最初からデメリットに触れないでおくというのが常です。

デメリットといえば例えばこんなニュースも。
マッチングアプリで知り合った女性殺害 男の初公判

マッチングアプリで知り合った女性を殺害し遺体を捨てたとして、殺人などの罪に問われている男の裁判員裁判の初公判が30日、神戸地裁姫路支部で行われ、男は起訴内容を認めました。

姫路市の無職の男(36)は、去年10月、マッチングアプリで知り合った当時34歳の女性を首を絞めて殺害し、遺体を加西市内に埋めたとして、殺人や死体遺棄などの罪に問われています。

神戸地裁姫路支部で開かれた30日の初公判で、関口被告は「私が全てやりました」と起訴内容を認めました。

(https://sun-tv.co.jp/suntvnews/news/2022/05/30/53608/より)

これは極端な例ですが、地味にありがちなのが「今目の前にいる人はいい人だけど、こいつを切ったら次はもっといい人に出会えるかもしれない」といっていつまでも決断の時期を先延ばしにして、婚期を逃し、結局誰も幸せにならないパターン。そうやって上から目線で(でも自分は上から目線になっていると自覚できていない)人を評価しているはずが、その自分も人から気づかぬうちに一方的に評価されて切り捨てられているのです。でも相手も大人ですから、正面切ってそんなことは言いません。なんとなくそれらしい理由を付けて連絡をしなくなって終わり。


無限に比較できてしまうというインターネットの最悪の欠点

このように、インターネットの最悪の欠点は自分を他者と無限に比較できてしまう・自分が他者と無限に比較されてしまうことでしょう。首都圏に住んでいれば出会いの機会は理論上無限大。でも他者との比較なんて、不幸の元です。

幸せの国の異名で知られるブータン。この国は2013年に国連が発表する「世界幸福度ランキング」で8位となりました。ここまでは有名な話。ところが2019年度版ではなんと156か国中95位に転落し、その後はランキングから姿を消しています。背景にはインターネットの普及がありました。

テクノロジーのお陰で幸福度が上がったのではなく、下がったのです。

2019年までにインターネット普及率が50%まで上昇し、自分たちの暮らしというのは、他国の人々と比べてみると豊かではないと気づいてしまったことが原因でした。

決して笑い事ではありません。先進国に住む私たちですら、他人のインスタグラムやFacebookの投稿を見て、キラキラした生活の自慢話を聞かされているようで腹を立てた人も多いでしょう。対抗上、自分もおしゃれスポットの写真を投稿してみたり。これがSNSで偽のハイソ空間が広がる理由でしょう。他人に負けたくない、他人よりも上でいたいという比較感情に歯止めが効かなくなるとこういう世界が形成されてしまいます。

ただのSNSの投稿ならまだ可愛いもの。人はみな平等であるべきところ、マッチングアプリでは(偉いわけでもない)一般人が、他の人をあたかも中古車をカタログから選ぶように色々な「スペック」を比較していきます。使えば使うほど、終わりのないマラソン化していくという不幸! 正直言って、私は使っていてあまり気分が上がりません。

夏目漱石の小説を読むと、進歩は人を幸福にするわけではないことが暗に語られていますし、自分が些細なことをきっかけに他人に対して優越感を持ち、また見下しはじめる様子も描かれています(明確に軽蔑したと書いているのではなく、行為そのものが冷徹に語られつつも、その行為が実は相手に対して大変失礼だったりする)。

結局のところ、人間が作った道具ですから、たとえ善意で開発されたものであっても想像もしない結果を生んで当然だくらいに思っておくのがよいのかもしれません。