私はこのブログで何度も書いたとおり、渡辺麻友さんを今もいたく応援しています。2017年に行われた卒業コンサートのBlu-rayは毎年大晦日に決まって見返し、その年が終わること、新しい年がやって来ることを実感して眠りについています。

だから私が主にAKBのイベント現場に赴いていたのは渡辺麻友さんが在籍していたころがピーク。その後はどうしても「次のコンサートは横浜か。ちょっと遠いな。やめておこうかな」といった調子でところどころで行かないことがありました。代わりに女優となった渡辺麻友さんのミュージカルを複数回観に行ったり、ファンクラブイベントに参加したりしました。いい時代だった(遠い目)!!

ところが2020年になり、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止を目的としてAKBだけではなく社会全体的にあらゆるイベントが中止となりました。このためAKBの代名詞とも言える握手会も消滅。2023年10月現在も復活の兆しは見えていません。

こういう事情で2020年~2023年までAKBのイベントは劇場公演に数回行っただけでかなり疎遠になっていました。我ながら本当に自分はAKBのファンなのでしょうか。情けない・・・。

というわけで久しぶりに大箱公演に参加したのが2023年10月の武道館コンサート。これには驚きました。何しろ世代交代が一気に進み、私が「AKBメンバー」だと認識しているほとんどのメンバー(渡辺麻友さんの卒業コンサートに登場したメンバー)がすでに卒業。代わって台頭してきたのが16期以降のメンバー。私が記憶している小栗有以さん(ゅぃゅぃ)は次世代のホープだけどまだまだこれからだよね、という立ち位置だったのに、いつの間にか主要メンバーになっていました。


AKBとテセウスの船

テセウスの船とは、Weblio辞書によると

テセウスの船の意味
テセウスの船とは、「物の構成要素すべてを一つ残らず新しい部品へ置き換えた場合、それは以前のものと同一物といえるだろうか、あるいは全くの別物というべきだろうか」という問題のこと。ギリシア神話に題を取る。「テセウス」は神話に登場する伝説的人物の名。

テセウスの船の語源・由来
神話に登場する「テセウスの船」は、クレタ島のラビュリントスに住まう怪物ミノタウロスを征伐するためにテセウスが乗り込んだ船を意味する。(ミノタウロスはアテナイから生贄を捧げさせており、テセウスはアテナイの王でありながら自らミノタウロスを退治するためラビュリントスに向かったのである)。テセウスの船は大いなる記念として後世へ受け継がれていった。しかし建材の老朽化に伴い、古くなった箇所が段々とが新しい部品へ置き換えられていった。――さて、すべての部品が更新されてしまった船は、テセウスがクレタ島へ向かった船と同一の船であろうか? もはやオリジナルの部品が全くない以上、もはや全く別個の個体と言ってしかるべきではないのか?

と紹介されています。私の言いたいことはもうおわかりでしょう。2023年時点でAKBの初期メンバーは柏木由紀さんただ1人となり、昔のAKB(TVに出るたびに批判されていたころのAKB)を知るものは2024年春をもってゼロとなります。こうなるとAKBという看板を掲げていても、実態はAKBではないということになります。

「そういうなら中学、高校は3年、大学は4年で学生が入れ替わるから、名門〇〇大学なんてものは本当は実在しないんじゃないか」とも言えるでしょう。ただ大学であれば学校ごとに校風があり、些細なことながらなんとなく学生の行動パターンが読めたり、「〇〇大学っぽいな」ということはありますし、野球やラグビーの伝統の毎年恒例試合などがありますから「実在しない」とまでは言えないでしょう。

オーケストラならば、「ベートーヴェンはこう弾くもの」「こういう音を出すもの」という楽団の個性があり、これは楽団が残した楽譜の書き込みや、歴代指揮者からの指導の影響が色濃く残っています(たとえばNHK交響楽団なら深く考え込むような哲学を想起させるような音が、読売日本交響楽団なら情熱的な音が特徴的です)。

AKBはどうでしょうか。この団体には「〇〇の時は〇〇しなければならない」のような行動様式が明文化されているわけでもなく、ただ「〇〇先輩はこうだった(のを覚えている)」とか「最近の流行はこうだ(と思っている)」のようないわば「空気」があるだけに思えてなりません。時代とともに変化していくのは悪いことではありませんが、第一期生が活躍していたころと比べると明らかに野性味が失われており、「同じ団体なのか?」とファンの私ですら思う時があります。

今後AKBがどうなっていくのか・・・、それは「神のみぞ知るであり」、私は引き続き見守ることしかできません・・・。それより握手会復活してくれ!