昭和20年8月、日本はポツダム宣言を受け入れて連合国に降伏し、ここに第2次世界大戦は集結します。この少し前には広島と長崎に原爆が投下され前例のない被害をもたらしました。

そもそもこれは原爆という恐ろしい兵器をナチスに先んじて作っておこうという米国政府の狙いがあり、オッペンハイマーを始めとして様々な理数系の研究者たちを一箇所に集めて大規模に研究開発を行ったからこそ達成できてしまったプロジェクトでした。実際にはナチスは原爆は「ユダヤ的科学である」として研究を行っていませんでした(ユダヤ人であったアインシュタインの業績に基づく理論のため)。代わりにナチスが実用化したのはV1、V2ロケットつまり弾道ミサイルのはしりでした。

この新型爆弾が実戦で用いられ、日本に甚大な被害をもたらし、ソ連参戦もあいまって日本はもはや為す術もない状況となり無条件降伏しています。

ではもし原爆開発が頓挫し、日本が降伏していなかったら一体どのような昭和になっていたのか・・・。これをシミュレーションしてみたのが檜山良昭さんの小説『日本本土決戦~昭和20年11月、米軍皇土へ侵攻す!』です。


『日本本土決戦~昭和20年11月、米軍皇土へ侵攻す!』やっぱり無理がある

日本本土決戦。もしこれが現実のものとなっていた場合は、連合国軍はダウンフォール作戦という一連の軍事行動を行うこととなっていました。ウィキペディアによると、

太平洋戦争時のアメリカ軍やイギリス軍を主力とする連合国軍による、ハーグ条約違反であるサリン等の化学兵器・生物兵器・原爆の使用を前提とした日本本土上陸計画の作戦名である。作戦実施前に日本が降伏したため、この計画は中止された。

ダウンフォール作戦は、1945年11月実施を前提に計画された「オリンピック作戦」と、1946年春に実施を前提に計画された「コロネット作戦」に分かれており、オリンピック作戦では九州南部を占領し、コロネット作戦では関東平野の占領を目的としていた。仮にこの作戦が実行されていたなら、1944年6月に行われたノルマンディー上陸作戦を遥かに超える史上最大の水陸両用作戦となった。

対する日本は決号作戦と称する防衛計画を発動するはずでした。しかし作戦といっても使える艦船はなく、飛行機を飛ばす燃料もほとんどなく、回天や震洋といった特攻兵器に頼らざるを得ず、また多くの国民を巻き添えにした凄惨かつ一方的な戦い否殺戮になっていたことは明らかでしょう。

それを本当に小説化してしまったのが、檜山良昭さんの小説『日本本土決戦~昭和20年11月、米軍皇土へ侵攻す!』です。といってももう40年近く前の作品であり、私はかなり昔古本屋で見つけて「いつか読もう」と思っていたのに月日は無常に流れ、やっとこさ電子書籍で入手しました。

読んでみると・・・。

やっぱりちょっと無理があります。史実では原爆開発反対派の科学者を説得して熱心にプロジェクトを進めようとしたオッペンハイマーが突然大詰めの研究を拒否したり、日本の降伏を阻止しようとするクーデターがあっさり成功してしまったり、しまいには実用化に失敗していたはずのロケット戦闘機秋水が実戦に投入されていたり・・・。しかもこの秋水がB29を100機以上撃墜できています。いやいや。いやいや。いやいやいや。秋水は燃費が極端に悪く、いかに上空1万メートルまで3分で駆け上がることができても結局数分程度しか飛行することができません。だったら秋水の基地を迂回飛行すればそれだけで米軍にとっては問題ありませんし、ドイツ軍のロケット戦闘機も同じ手段で無力化されています。

結局この秋水も燃料が無くなると手も足も出ず、九州南部を制圧した米軍は今度は関東地方に上陸します。その前哨戦として東京はほとんどが焼け野原になるのですが・・・、米軍も都心だけでなく多摩方面にも遠慮なく撒き散らせるほど焼夷弾を持っていたとは思えません(できても非経済的であるうえに戦争とは無関係な一般国民を一方的に殺戮しているだけであり、さすがに無益)。

ただこの小説ではそういうことが次から次へと起こっており、登場人物もこれといった主人公がおらず、出ては戦死し出ては戦死し、が繰り返されます。そして米軍はついに関東に上陸し、神奈川千葉を制圧。首都圏に向けて進軍していきます。大本営は昭和天皇とともに長野県の松代に疎開し、この地から国体護持を念頭に徹底抗戦を叫びますが、ソ連も領土的野心をたぎらせ北海道そして東北を占領。そして開発が遅れていた原爆がついに完成してしまうのです・・・。大日本帝国の運命やいかに。

中高生のころに読むときっと随分興奮したはずですが、90年代以降に登場した『紺碧の艦隊』とか『修羅の波濤』とかと比べると内容面で「うーん」とならざるを得ません。要するに私が年を取ってしまっただけなのかもしれませんが・・・。