将棋やチェス、囲碁のようなボードゲームでは人間よりもAIのほうが強いというのはよく知られた話です。だったらもう人間がこのゲームやる必要なくて、AIその1とAIその2に勝負させて賭けの対象にしたほうがいいんじゃないかとすら思えます。ローマのコロッセウムのAI版ってやつですね。誰も死なないでしょうし、賭けになれば多額のマネーが動きますから開発するほうも必死。おかげでAIがますます進歩するというメリットまで付いてきます。

・・・などと思っていたら人間が囲碁AIに勝利するというニュースを発見してしまいました。日経新聞「囲碁AI、「論理的思考」に盲点 深層学習の弱点示す」(2023年5月23日)によると、
囲碁の人工知能(AI)に盲点が見つかった。トップ棋士を上回る実力のAIだが、ある特殊な局面を正しく認識できないという。様々な分野で活用が進むAIにも共通する弱点のようだ。

「あっ、これで白(AI)は死にました」。囲碁AIに詳しい大橋拓文七段が、最強クラスのソフト「KataGo(カタゴ)」相手に手法を実践した。黒番の大橋七段が最終盤、左上隅から中央にかけての白の一団をすべて取り大量リードで勝利した。

(中略)

AIはトップ棋士の実力をはるかに上回っているが、「囲碁そのもの」を理解しているわけではない。例えば「二眼生き」という概念。囲碁では相手の石の四方を囲むとその石を取ることができるが、①黒と白は交互に打つ(2手同時には打てない)②打った瞬間に取られてしまう地点には着手できない――という2つのルールを組み合わせると、「相手が打てないスペースを2つ以上作れば、その石は生きている(取られることがない)」という命題が導かれる。碁の入門者がすぐ習う内容だ。


(中略)


「ドーナツ戦法」は人間同士の対局では通用しない特殊な手法で、人間が囲碁の実力で再び機械を上回ったとは言いがたい。大橋七段や中国のAI「絶芸」に勝利した芝野龍之介二段は「囲碁とはちがうゲーム」と口をそろえる。

「AIはトップ棋士の実力をはるかに上回っているが、「囲碁そのもの」を理解しているわけではない」というのがポイントで、これは過去のデータを分析して「こういうルールを前提条件とすると、こうやれば勝てる」という動きをしているだけです。そうなると、「ゴッホみたいな絵を描け」と命令するとゴッホの作品を分析して混ぜ合わせたものが出てきますが、なぜゴッホがひまわりを熱心に描こうと情熱を傾けたのかまでは伝わってこない絵が出来上がるでしょう。

同じく、太平洋戦争についての小説を書けと言われたら海軍とか陸軍とか銃後の国民とかが出てきてそれらしいセリフが出てくるはずですが、集団自決を共用された人の絶望感とか、極度の飢餓に直面しているガダルカナル島に送り込まれた兵士の苦しみへの共感はゼロでしょう・・・。

日経新聞の記事を読んだ時、反射的に「ヴァイオリンが上手い子供というのは、先生に言われたことをコピーしているだけ」という私のヴァイオリンの先生の言葉がフラッシュバックしました。
確かに子供にカルメンの妖艶さとかドヴォルザークの望郷の念とかショスタコーヴィチが楽譜に込めた意志を察してみろと言っても無理。それで上手く弾こうと思ったらとにかく先生の言う技術を丸覚えして瑕のない演奏をするしかありません。川畠成道さんのお父さんは、「なまめかしい」とか「妖艶な」という形容詞を理解させるために、まだ幼い息子に「怪しい女の人がいて、変な店に連れて行ってお酒を飲ませようとしてくる」とかいう、伝わったのか伝わらなかったのかよくわからない説明をしていたくらいです。

千住真理子さんも日本音楽コンクールに15歳つまりエントリー可能な最年少で第一位を獲得した時、師江藤俊哉さんから「これでもう弾けない曲はなくなりました。これからは、あなたの音楽で私を泣かせてください」と言われたのも囲碁AIの話で説明がつきます。つまり技術はもう十分だから、技術を適切に利用して心を表現できるヴァイオリニストに育ってほしいという激励だったわけです。

それにしても、将来プロになる子供というのは10代でメンデルスゾーンだろうがシベリウスだろうが弾けているというのは本当に羨ましい。私は「フン、子供だからブルックナーなんて分かるまい」などと言いたいわけではなく、そもそも十分な技術を子供のうちに習得できてしまっているという状態で、あとは芸術表現の道を追求できるというのは本当に素晴らしいことです。私も一度でいいから「あいつの演奏は上手いけど機械みたいだ」と言われてみたいです・・・。