この世で最も美しいメロディと言っても言い過ぎではないでしょう。バッハの「G線上のアリア」は作曲から数百年の歳月を経てもなお歴史の波間に沈むことなく、21世紀の今も地球上のありとあらゆる場所で聴かれ続けています。なにしろ空港のBGMで流れていたり、病院に行っても聞こえてくるしデパートでも聞こえてきます。誰かの結婚式でも葬式でも、テロの犠牲者の追悼式典などでも演奏されます。汎用性高いな!

というわけでヴァイオリンを学習する人にしてみれば、いつかはクリアしたい目標である「G線上のアリア」。でも、意欲とか集中力に恵まれた子供に練習環境を整えてあげた場合ならともかく、ある程度年を取ってから始めると無茶苦茶難しくてあっという間に挫折してしまうという鉄壁の難易度を誇るのがヴァイオリン。でも東大じゃあるまいし難しさを誇るなんてどうかしています。ギターのように、たとえ並の能力しかなくても真面目に10年くらいコツコツと取り組んでいれば十分弾きこなせるような民主的な楽器ではありません。凡人の努力を嘲笑うとんでもない楽器です。本当です。

「あなたがこの技能をマスターするのに10年かかります」。重音奏法に取り組んでいたあるとき教師にそう言われました。いや重音奏法って他にもたくさんある奏法の一つなんですけど。それだけで10年かかるってどういうこと? 

「先生、そんな調子だとソナタと協奏曲、それぞれ1,2曲綺麗に弾けるようになったらもう自分の人生終わっちゃいますね」

そう問いかけると、

「そうです。ヴァイオリンはそういうものです。誰がやってもそれくらい時間がかかります」

真顔でこのリアクションが返ってきました。

じゃあ一体「G線上のアリア」を弾くための近道なんてあるのか・・・。


「G線上のアリア」を確実に弾くための練習法

私の経験上、近道というものはないでしょう・・・。あったら教えてほしいです。唯一、「これをやっておけば損はないだろう」という方法はあります。ポジション移動の練習です。

「G線上のアリア」は、E、A、Dの弦を使わず、Sul GつまりG弦のみでメロディを演奏しなければなりません。ということは必然的にポジションチェンジが頻発し、それぞれの移動が正確に行わなければたちまちのうちに音程がおかしくなり、この世で最も美しいメロディを弾こうとして無惨な姿を晒すとにかくかっこ悪いヴァイオリニストの出来上がりです。

というわけでポジションチェンジの練習として有名なのが「セブシック Op.8」。内容はこんな感じです。

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こういうものが延々と続きます。はっきり言ってよほどヴァイオリンが好きな人でなければ退屈すぎて投げ出してしまうこと間違いないでしょう。これはポジションチェンジのための教材です。いろんなパターンのポジションチェンジがつらつらと書き連ねてあります。こんなにあるのか! と驚くこと(嫌気が差すこと)間違いなし。それでも続けていると、

「俺は一体いつまでこんなことを続けるのだろう」

「なぜこんなことをやっているのだろう」

「なぜ俺はヴァイオリンを弾いているのだろう」

「なぜ俺は生きているのだろう」

「地球は何のためにあるのだろう」

「宇宙はいつできたのだろう」

のようにどんどん追い込まれていきます(実話)。私は仕方ないのでタブレット端末でネットラジオを聞き流しながら練習することにしました。乃木坂46のお陰で地球とか宇宙とかを考えずに済みました。





そうやって音階練習を続けていると、段々とポジションが一発で取れるようになってきたのです(個人的経験)。不思議なものです。さらには日常生活で耳にする様々な音楽が聞こえてきた瞬間、「これ、音がなんだかずれてるよね」ということにも気づくようになったのです。これもたぶん乃木坂46のお陰でしょう。

このようにポジションチェンジの精度を上げていけば・・・、「G線上のアリア」もそれなりのクオリティに仕上がるはずです。ただセブシックは自力で取り組むというよりも、先生に相談して自分の弱点などのアドバイスをもらいつつ進めるものです。「これこれの理由によりセブシックをやりたい」と宣言したうえで、先生の意見を聞きながら進めるのがよいでしょう・・・。