バレエの公演を実演なりDVDなりで鑑賞して思うのは、見ている側は楽ちんでも演じる側はとても過酷なものだということ。パ・ド・ドゥがとても優雅だね、なんて客席にいる自分が勝手な感想を持つ一方で、同じ瞬間にステージに立ってそのパ・ド・ドゥを演じている側は何十キロもあるパートナーを持ち上げてクルクル回したり不自然な姿勢のまま数秒間にわたって固定しなければならないなど、事故のリスクと隣り合わせです。

実際に事故がおこった瞬間を見たことはありませんがヘンテコリンな姿勢のときに舞台に落下したら「いてて!」どころの話ではないでしょう。骨が折れても不思議ではありません。

それ以前の問題としてステージに立つためにも熾烈な競争があり、その競争で他の人から一歩抜きん出るための手段がコンクールで優秀な成績を収めること。上位入賞すれば海外のバレエスクールに編入・留学できたり奨学金をもらえたり、バレエ団からスカウトされたりするかもしれません。そうやってプロになったらなったでその道は大変ですし、なれなかった場合でもバレエ一筋の人生だったわけですからそれ以外何ができるのか・・・。(以前大学入試の仕事をしていたとき、カナダにバレエ留学していたはずなのにTOEICが300点台という学生に出会ったことがあります。それで英文学専攻を志望・・・。どうやってカナダで生活していたのか謎でした。)

そしてコンクールで勝つための踊り方にも問題があるらしく・・・。


バレエコンクールで勝つための踊り方の注意点とは

バレエと一言で言っても、フランス、イギリス、ロシアなどヨーロッパの様々な地域によってそれぞれの流儀があります。たとえばイギリスなら演劇が盛んな国なだけに、英国ロイヤル・バレエ団ではシェイクスピア作品が主要レパートリーに据えられ、これ以外の作品でもドラマ性を重視した振付になっていることが多いようです。

フランスは、ルイ14世以来の伝統がそうさせるのか、貴族らしい優雅な佇まいを見せるような動作が散見されますし、ロシアでは力強く雄々しい動きに目を奪われます。ちなみにオーケストラでもフランスとロシアでは同じ曲を演奏しているはずなのに似たような特徴があります。国民性とか伝統とかいうやつでしょうか。

将来バレエダンサーになりたいと考える人はこういう伝統ある国からのコンクール出場者と競わなければならないわけですが、その踊りはというと・・・。
現実に目を向けると、国内外を問わず盛んに行われているコンクールでは、(振付は各国の文化や伝統を反映したものだという)そうした意識やリスペクトが欠けていると言わざるを得ない、残念な場面に出くわすことがしばしばあります。

例えば『眠れる森の美女』の第3幕のヴァリエーションは、ほとんどのコンクールでクラシックの課題曲に含まれており、選択する生徒さんもとても多い曲です。けれどもいざ踊りだすと、英国流のステップで始めておきながら途中からロシア流に変わるものや、あるいは踊りやすいように(得意なものを見せるために?)我流に変えているものが、本当に目につくのです。

生徒自身も指導者も、バレエの専門書を読むことがほとんどなくなり、すべてがネットの映像頼み担っているのが、その理由でしょう。

(山本康介『英国バレエの世界』より)
山本康介さんは2000年にバーミンガム・ロイヤル・バレエに入団し、現在は演出家・振付家として活躍する一方でローザンヌ国際バレエコンクールのNHK番組でも解説者として出演されています。ということはローザンヌほどの有名コンクールに出場する人も(上記の引用では国籍を日本人と指定していない以上、世界中の若者がそうなのでしょう)、ところどころで英国風だったりロシア風だったりと、ツギハギだらけのバレエになりがちなのでしょう。

踊っている本人は「バッチリ決まった!」と思ってる一方で、審査員は「手裏剣持ったスパイダーマンが十字軍に参加してるな」みたいに違和感を感じながら採点しているかもしれないと思うと、お互いにとって気の毒な時間であるように感じられます。

山本康介さんは、さらに言葉を続けて、様式を混ぜないというのは最重要であるとし、「バレエとは様式であり、伝統へのリスペクトに立つ芸術なのです」と説いています。
私はバレエこそ踊らないものの、ヴァイオリンを弾いていると教師から「これはバロックだから」「古典だから」ということを口を酸っぱくして言われます。何度も。やはり伝統芸能と言われるものは当たり前の話ながら伝統をリスペクトしなければならないようです。書くまでもないか。