モーツァルトの『ピアノ協奏曲第21番』の第2楽章はスウェーデンの映画『みじかくも美しく燃え』に使われているということで有名だそうです。
だそうです、と書いたのは、昔のクラシック入門書でこの曲を紹介するときに「この映画で効果的に使われているので聞き覚えのある人もいるだろう」といったような書かれ方がされがちだったからです。『みじかくも美しく燃え』は1967年公開の映画ですから、これをリアルタイムで見たということであれば入門書の執筆者が団塊の世代であるか、主な読者層を彼らだと想定して書かれているかでしょう。
私が『ピアノ協奏曲第21番』を聴いたのは高校生のとき。『みじかくも美しく燃え』なんて作品はまったく見たことがなく、題名から想像してきっと「20代くらいのカップルがいた。女の子が白血病だとわかった。余命3ヶ月。残された日々。2人の命は終わりの時に向けてみじかくも美しく燃え上がる」みたいなストーリーだろうと思っていました。(『オバケのQ太郎』にそういう架空の映画が登場するので、そのイメージに引っ張られていたのでしょう。)
そしてアマゾンプライムに加入しているとこの映画も無料で見られることを知り、さっそく鑑賞してみました。
『みじかくも美しく燃え』に時代の流れを感じる
つまんねーぞ!!
私は最初の30分で停止して、同じアマゾンプライムに上がっているニュージーランドの観光映像を見ることにしました。いわゆる「損切り」ってやつです。
なぜ『みじかくも美しく燃え』をつまらないと思ったのか? 映画.comによると、この作品は
19世紀のスウェーデンで実際に起った事件を映画化。既婚者の伯爵と美しい綱渡り芸人エルビラ。恋に落ちた2人は、周囲の抑制を振り切って駆け落ちする。逃亡生活の末、運も金も尽きてしまった彼らは、ある決断をする……。衝撃のラストシーンと、全編に流れるモーツァルトのピアノ協奏曲第21番が話題を呼び、当時日本でもヒットを飛ばした悲恋物語。ヒロインを熱演したピア・デゲルマルクが、カンヌ国際映画祭主演女優賞を獲得。
21世紀の日本に生きる私は19世紀のスウェーデンで何が起ころうと知ったことではありません。これが土方歳三とか乃木希典ならまだ感情移入できますが・・・。
そして「既婚者の伯爵と美しい綱渡り芸人エルビラ。恋に落ちた2人は、周囲の抑制を振り切って駆け落ちする」とあるものの、話のテンポがどうにもこうにもちんたらしすぎており、「早く次に行けよ」と思ってしまいます。新海誠監督の『君の名は。』がいかに巧みにストーリーを運んでいるか逆によくわかりました。
私が気になっていたモーツァルトの演奏。これもまた当時としては「美しい演奏」なのでしょうけれども、なんだか音がフラフラしていて不安定です。しかもなんだか古めかしい。失礼ながら潰れた土産物屋とか喫茶店がそのまま放置されている寂れた観光地のような趣があります。
だめだこりゃ。名画といえどもなにせ50年以上昔の作品だもんな。今の価値観とは合わないのかもしれないな。こうやってちょっとずついろんな作品が忘れられていくんだろうな。そう思って私は映画を見るのをやめました。
記事を書いていてまた驚く
本来、この記事は「見るのをやめました」で終わるはずでした。
ところが『ピアノ協奏曲第21番』の指揮およびピアノ独奏はハンガリーのピアニスト、ゲザ・アンダのものだとこの記事を作成中に判明。
おかしいな、この名前と『ピアノ協奏曲第21番』って見覚えがあるな・・・。あれ、このCDジャケットのデザインも見たことがある。
そりゃ自宅にあるから当然だわ。
おそらく15年以上前に「1枚1,000円だから」とかいう理由でなんとなく買ったあと、あまり聴かないでCDラックに放置していてそのまま記憶から薄れていたのでしょう。そのCDラック、毎日視界に入ってるんですけどね・・・。
というわけで問題の第2楽章を再生してみたのですが、不思議なことに「フラフラしていて不安定」という印象はもちませんでした。なぜでしょう。映画の中で流れている演奏は不安定なのにCDではまともな演奏。ということは当時発売されていたレコードにも同じ音源が入っているはずですから、「映画の中で聴こえるゲザ・アンダの演奏」だけが不安定だということになります。いったいなぜ・・・。当時の技術はそういうものだったのでしょうか。そういえば『ウルトラセブン』最終回のシューマンの『ピアノ協奏曲』もずいぶんと不安定に聴こえます。指揮者はヘルベルト・フォン・カラヤン、ピアニストはディヌ・リパッティとくれば不安定なはずはないのに不安定なのです。これまたいったいなぜ・・・。
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