骨董品を購入するうえで注意しなければならないのは、「それが本物かどうか」ということです。
中には悪意のある人もいて、「そこらへんのしょうもない量産品だけど人間国宝の〇〇名人が作ったことにしちゃおうキヒヒ」などと企てる場合もあります。

たとえ悪意がなかったとしても、制作されてから何十年何百年という時の流れのなかで作品が別物と入れ替わってしまったり、誰かの鑑定ミスで凡人の作品が達人の作品だということになり、しかもみんながそれを信じるあまり「本物」扱いされてしまうということだって考えられます。

「開運! なんでも鑑定団」の中島誠之助さんは『ニセモノ師たち』という本のなかで、骨董品を使って人を欺く手段や、ニセモノの売買が行われる理由を解説しています。

さらには、たとえ本物であっても相場以上の値段をふっかけられたりすることもあります。骨董品の世界には「メーカー希望小売価格」なんてものはありません。市場の相場がすべて。これを指標にしてお買い得か、本来の値打ちより割高なのかを自分で判断するしかありません。

そしてかつての日本は銘器と呼ばれるヴァイオリンの売買において、ぼったくられの国だったらしいのです・・・。


今は昔。日本はぼったくられの国だった


1988(昭和63)年1月20日朝日新聞にはこのような記事が掲載されています。

金満日本に流れ込む楽器
一部は財テク対象にも”吹っかける”海外業者

ニューヨークで盗まれたバイオリンの名器「ストラディバリウス」を、都内で売ろうとして警視庁国際捜査課に退歩された自称米国人、ロバート・ホアン(三一)は、十九日までの調べに対し、「日本へ行けば高く売れると思った」と供述している。ここ数年、海外からの楽器輸入は急増し、一部では高級品は財テクの対象にまでなっている。今回の名器密売事件は、昨年のフランスの盗難名画密売事件と同じように、海外から狙われる「金持ち日本」市場の一端を見せつけた。

(中略)

金持ちだが「楽器を見る目が欧米ほどない」といわれる日本は、売り込む側の外国の楽器商にとっては魅力的な市場。「欧米の楽器商は、日本人には楽器の価値がわからないと、法外な値段を吹っかけてくる人がしょっちゅういる」と都内のある有名楽器商はいう。

鑑定書だけを頼りに楽器の売買をする「ペーパーバイヤー」が横行しているため、日本の輸入楽器は欧米に比べて三、四割高い。「二百万円の価値しかないのに八百万円で売られた」などの例が後を絶たない。

(中略)

専門家の間では「日本はくず楽器の捨て場」の声さえ出ている。盗難名器密売事件は、日本の文化の程度をも浮き上がらせることになりそうだ。
まず現物を見ないで楽器を売買するということ自体驚かされます。ゴフリラーとかカルカッシとか、ストラディヴァリウス以外にも銘器はたくさんあります。が、バブル期を迎えていた日本は鑑定書だけを頼りに売買をしていたようなのです。鑑定ミスや、ラベルの貼替(すり替え)などの可能性があることはたとえ当時であってもディーラーは知っていたはず。そしてこれをさかのぼること数年前の芸大事件でも明らかになったようにグァダニーニのように専門家でも鑑定が難しいと嘆く作品もあります。

・・・にもかかわらず数百万~数千万のヴァイオリンをそれこそ右から左へのごとく商売していた(それで商売が回っていた)様子に、バブル時代の日本がいかに異常だったかが察せられます。そして付いたあだ名が「日本はくず楽器の捨て場」。他に行き場のない楽器を日本がお金を払って引き取っていたんですね。日本さん、仏すぎる・・・。

幸か不幸か、その後ストラディヴァリウスなどのヴァイオリンの銘器の相場は右肩上がりとなり、いまでは10億円を超える価格となっています。当然ながら個人での所有は不可能。21世紀初頭に千住真理子さんがストラディヴァリウス「デュランティ」を購入していましたが、思えばあれが個人で買えるギリギリ最後の時代だったのでしょう。
いまでは企業や公益財団法人などが所有し、一流ヴァイオリニストに貸与するという形式が採用されるようになってきたのは言うまでもありません。当然ながら銘器の購入にあたっては有識者による鑑定を経て理事会・評議員会で十分に審議したうえで意思決定しているはずですから、かつてに比べると選球眼はきっと確かなものになっているはず・・・。それにしても30年前の日本ってヴァイオリン売買ひとつとってもこんな感じだったのか。いったいどれだけ金満だったんだ。