ヴァイオリンを人前で弾くこと。これはかなり勇気が必要になります。これはヴァイオリンに限った話ではないでしょう。すかんちのROLLY氏も「音楽を人前で披露するということ自体がとても恥ずかしいことだ。僕もまだまだ恥のかき方が足りないと思っている」と述べています。
この他、私の周りでピアノの発表会に出たという人も「舞台に上がったら足が震えてペダルがうまく踏めなかった」のようなことを言っていました。
つまるところ、「人から見られている」ということを自分が認識していると、それだけでパフォーマンスに悪影響を及ぼしてしまうのでしょう。家で1人で弾いているぶんにはわりとまともなはずなんですけどね。
『ラブライブ! サンシャイン!!』には決勝大会のステージに立った時の感想で「自分の視界、全てがキラキラ光る。まるで、雲の上を漂っているようだった」などと言う人が登場しますが、これはあくまでもフィクションであり、たまたまそういう台詞だっただけで、現実にはここまでメンタルが強いコメントを残せる人はいないでしょう。
(どうやらスモークが焚かれていたらしい。スモークを使うと照明の筋が分かって幻想的になります)
その一方で自分が家でCDを聴いたりN響定期とかを聴いたりしているとついウトウトとしたり、仕事のことを思い出してイライラしたり、全然関係ないことを考えて音楽そっちのけだったりと、「弾く」のと「聴く」のでは大違い。
安倍晋三元首相の回顧録には
首相の決断は、国の最終判断ですから、すべての国民に影響します。防衛や防災に限らず、経済や社会保障政策の間違いは、人の生死を左右します。それがいかに重いことかを、最初に首相に就任する時は、分かっていなかった。官房長官として私を支えてくれた菅義偉前首相も、退任の記者会見(21年9月28日)で、「最終決定者である総理大臣と、そうでない官房長官は違う」と述べていました。まさにその通りです。首相と官房長官の重圧の差は計りしれません。
と記されていますが、ヴァイオリン演奏という専門技能を数十年にわたって積み重ね、それを「その瞬間」にすべて出しつくさなければならない当事者の背負う困難さは、ヴァイオリンという楽器を手にしたことがない人=ほとんどの人には想像もつかないでしょう。演奏者と聴衆は、同じ「人」であってもプレッシャーがまるで違います(そのヴァイオリニスト氏も本番後に居酒屋で「〇〇総理はクソ」とか言っているのかもしれないが)。
安倍元首相は、この回顧録で中曽根康弘元首相からこう心構えを教わったそうです。
「総理大臣というのは一回弱気になったらもう駄目だ、自分が正しいと確信がある限り、常に間違ってないんだという信念でいけ」と仰っていた。「常に前方から強い風が吹いてくる。それに向かっていくという信念があって、初めて立っていられる」と最初に言われました。そうなのかなと思ったら、実際そうでした。
弱気になったら駄目だというのはヴァイオリニストも同じです。「人から見られている」と思うことでパフォーマンスが低下するとしたら、それは自分が本番に至るまでに十分に練習できていないということを心のどこかで分かっているから自信が持てないのが原因なのでしょう。自分はこれまでできることをやり尽くしんたんだ、絶対にこの曲をお客さんに届けるんだという強いハートがあって初めて舞台で堂々と立っていられるのでしょう。ビビってる姿って、案外他の人も気づいてたりしますから、それをスマホで撮影されようものなら最悪。うかつにSNSでシェアされたらもっとひどいことに。私は人前でヴァイオリンを弾くようになって、総理大臣の気持ちが少しだけわかるようになりました。
ちなみに冒頭のROLLY氏は本番で緊張しないために、1曲目はいきなり難しい曲を避け、簡単な曲を採用しろと述べています。そして力まないこと、実力以上の自分を見せようとせず、10のうち7くらい見せられればOKだとしています。練習がいかに良くても本番が駄目ならそれは駄目。駄目なものは駄目。人に感銘を与える音楽を生み出す道のりはなんと険しいことか。
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