ヴァイオリンの曲というのは世の中にゴマンとあるはず。「愛の挨拶」とか「愛の喜び」とか「愛の悲しみ」とか「愛の死」とか、挨拶したり喜んだり悲しんだり◯んでしまったりとヴァイオリニストは大忙し。

「愛の死」といえばワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』より「前奏曲と愛の死」を思い出します。19世紀末から20世紀初頭にかけてワーグナーの作品はしばしばヴァイオリンとピアノ版に編曲され演奏されていたそうです。それを日本のヴァイオリニスト、佐藤久成氏は「『トリスタンとイゾルデ』~佐藤久成~ワグネリアンによるヴァイオリン・トランスクリプション&パラフレーズ集」というCDに収録しています。ずいぶん画期的な録音ですね!

このように山のように曲があるはずのヴァイオリンですが、ヴァイオリニストのリサイタルとなるとなぜかベートーヴェンの『クロイツェル・ソナタ』とかフランクの『ヴァイオリン・ソナタ』とか、ワンパターンに陥りがちなのです。
慶應義塾大学・許光俊教授は『はじめてのクラシック音楽』でこう指摘しています。
ピアニストとは違った意味で、独奏ヴァイオリニストも難しい職業です。ヴァイオリンひとつだけで演奏できる曲はごくごく限られており、ほとんどの場合、伴奏ピアニストが必要です。なので、息の合ったピアニストが見つからないとストレスがたまる一方です。

オーケストラとの共演も多いのですが、人気があるヴァイオリン協奏曲の数はごく限られていて、どこへ行ってもベートーヴェン、メンデルスゾーン、チャイコフスキー、ブラームスばかりがリクエストされます。オーケストラと一緒であろうと、ピアノ伴奏者を伴ってであろうと、プログラムの自由度がピアノほど高くないのです。
たしかに協奏曲でもこれ以外で人気なのはせいぜいブルッフ、シベリウスでしょうか。逆に言うとプロコフィエフとかグラズノフとかドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲を「お金を払ってでも聴いてみたい」と思う人は少数派でしょうから、商業的に成り立ちませんね。これまたプログラムの画一化に拍車をかけるわけです。

そんな私が目をつけたのはエルガーの『エニグマ変奏曲』より「ニムロッド」。


エルガー『エニグマ変奏曲』より「ニムロッド」、弾ける気がしない




原曲はこちら。ウィキペディアによると、
『エニグマ変奏曲』というタイトルは通称であり、正式名を『管弦楽のための独創主題による変奏曲』(Variations on an Original Theme for orchestra)という。出版に際して「エニグマ」(Enigma)を付記することをエルガーも認めた。本作品は「描かれた友人たち (My friends pictured within)」に献呈されている。

1898年から1899年にかけて作曲され、1899年にロンドンで初演された。この作品の成功によって、エルガーの名前は世界的に知られるようになった。

『愛の挨拶』、行進曲『威風堂々』第1番・第4番やチェロ協奏曲 ホ短調と並んでエルガーの代表作品の一つであり、管弦楽のために作曲された単独の変奏曲のうちでは、ブラームスの『ハイドンの主題による変奏曲』や、ラフマニノフの『パガニーニの主題による狂詩曲』と並んで重要でもある。

なお、この変奏曲は管弦楽曲として知られるが、エルガー自身によるピアノ独奏版もある。
「ニムロッド」はこの曲の第9変奏であり、エルガーの友人イェーガーを念頭に作られています。
イェーガーはドイツ語で狩人の意味であり、さらに旧約聖書に登場するニムロデが狩の名手であることにちなんでいます。大変高貴な雰囲気を湛えており、偉い人が亡くなったときの追悼集会などで演奏されることもしばしば。

私はこのヴァイオリンとピアノ編曲版の楽譜を入手しました。これを次の本番で弾いてやろうと思ったわけです。
アダージョでゆっくりしたテンポなだけに指をごちゃごちゃと動かす必要はなく、単純なメロディなので楽ちんだし、高級感もあるし、こりゃワイ目のつけどころ最高だぜ勝ったのだー!



駄目でしたね。

そもそも素人のヴァイオリニストがどれだけ頑張っても痩せた音色しか出てきません。
バッキンガム宮殿とか大英博物館とかを思わせる高級感ある音色なんて夢のまた夢。これはもう音程が合っているとか違っているとかヴィブラートが微妙とか弓の圧力とか弦が安物だとか、そういう問題じゃなくてなぜか私のヴァイオリンからは罰金か退嬰かといった音しか出てこないのでした。もはや人前で演奏するってレベルではありません。

そして刻々と本番の日は近づくのであった。