NZのウェリントンというと旅先としてはちょっとマイナーな立ち位置だと思います。私はこの街のことを調べるまでは、まあ曲がりなりにもNZの首都だし、それなりの規模がある街なんだろうと思っていました。でも私の一方的な思い違いでしかありませんでした・・・。もしかすると頑張ったら1日で回れちゃうくらいの規模かもしれません。まさかそれくらいのものだとはつゆ知らず、まあ行ってみて初めて分かることってありますからね。
そのちょっとマイナーな行き先のウェリントンで、さらにキャサリン・マンスフィールドの生家を訪ねるという人はさらにマイナー。マイナー中のマイナー。別にそれが悪いと言いたいわけではありません。でも英文学の作品はシェイクスピアからジョイスまで数あれど、わざわざウェリントン出身の作家であるマンスフィールドの作品を読んだことがあり、なおかつわざわざウェリントンの生家まで足を伸ばしてみようと思う人は世の中に一体どれくらいいるのでしょうか?
そんなことを書き連ねている私も実はマイナー中のマイナーと言っても過言ではないでしょう。なにしろ「友だちいない研究所」なんていうブログを公開して、いかに自分が周りから孤立しているかを嫌がらせのごとく自慢話のごとく記事化しているわけですから。
その私は2023年6月24日(土)、キャサリン・マンスフィールドの生家を訪ねた時の記録を書き残しておきます。これは自分の備忘録的な意味合いもあります。

小ぢんまりとした瀟洒な庭が私達を出迎えてくれます。いかにも品があるこの庭を見ていると、あの簡潔で静謐な、しかし儚さを湛えたマンスフィールドの文体を思い出してしまいます。

これは応接間の様子。当時の上流階級の様子を彷彿とさせます。
じつはこれまでマンスフィールドの住んでいた家というのはすでに取り壊されてしまっていたものと思われていました。しかしながら1980年代に研究が進み、番地の採番が変更になっていたことがわかり、その家がまだ残っていると判明しました。1986年には研究団体がその物件を購入し、マンスフィールドの幼い日の姿に光を当てるものとして整備が進められました。(と、入口で配布されたパンフに書いてありました)
とくに興味深いのは、マンスフィールドの生涯を年表形式でまとめて展示してある資料室と、子供部屋でしょう。

こういう部屋で彼女が育ち、あの鋭敏な完成を養っていったのかと思うと、どうもマンスフィールド文学の原点にたどり着いたような気がします。
もちろん小説である以上虚構の物語ではあるものの、「園遊会」や「湾の一日」の舞台になったとされる場所もウェリントンの地図上にマッピングされており、当時とは様変わりしているものの「ここから見た風景があの描写に結びついているんだろうな」という想像にふけることが可能です。そういう聖地巡礼の旅というのは、お気に入りのアーティストゆかりの地であれ、アニメの作画の元となった街であれ、このマンスフィールドの生家であれ、「自分が実際に苦労してたどり着いてみて初めて感じられる”何か”」を掴み取ることが何よりの醍醐味でしょう。
この家の滞在時間は、長くてもせいぜい30分程度で、しかも一生のうち2回、3回と繰り返し訪れるようなところでもありません。つまりあなたがこの邸宅を見るのは一生に一度だけ。私はそのことにふと気づき、窓から眺める景色が一層愛おしく感じられました。
そのちょっとマイナーな行き先のウェリントンで、さらにキャサリン・マンスフィールドの生家を訪ねるという人はさらにマイナー。マイナー中のマイナー。別にそれが悪いと言いたいわけではありません。でも英文学の作品はシェイクスピアからジョイスまで数あれど、わざわざウェリントン出身の作家であるマンスフィールドの作品を読んだことがあり、なおかつわざわざウェリントンの生家まで足を伸ばしてみようと思う人は世の中に一体どれくらいいるのでしょうか?
そんなことを書き連ねている私も実はマイナー中のマイナーと言っても過言ではないでしょう。なにしろ「友だちいない研究所」なんていうブログを公開して、いかに自分が周りから孤立しているかを嫌がらせのごとく自慢話のごとく記事化しているわけですから。
その私は2023年6月24日(土)、キャサリン・マンスフィールドの生家を訪ねた時の記録を書き残しておきます。これは自分の備忘録的な意味合いもあります。
キャサリン・マンスフィールドの生家の様子

小ぢんまりとした瀟洒な庭が私達を出迎えてくれます。いかにも品があるこの庭を見ていると、あの簡潔で静謐な、しかし儚さを湛えたマンスフィールドの文体を思い出してしまいます。

これは応接間の様子。当時の上流階級の様子を彷彿とさせます。
じつはこれまでマンスフィールドの住んでいた家というのはすでに取り壊されてしまっていたものと思われていました。しかしながら1980年代に研究が進み、番地の採番が変更になっていたことがわかり、その家がまだ残っていると判明しました。1986年には研究団体がその物件を購入し、マンスフィールドの幼い日の姿に光を当てるものとして整備が進められました。(と、入口で配布されたパンフに書いてありました)
とくに興味深いのは、マンスフィールドの生涯を年表形式でまとめて展示してある資料室と、子供部屋でしょう。

こういう部屋で彼女が育ち、あの鋭敏な完成を養っていったのかと思うと、どうもマンスフィールド文学の原点にたどり着いたような気がします。
もちろん小説である以上虚構の物語ではあるものの、「園遊会」や「湾の一日」の舞台になったとされる場所もウェリントンの地図上にマッピングされており、当時とは様変わりしているものの「ここから見た風景があの描写に結びついているんだろうな」という想像にふけることが可能です。そういう聖地巡礼の旅というのは、お気に入りのアーティストゆかりの地であれ、アニメの作画の元となった街であれ、このマンスフィールドの生家であれ、「自分が実際に苦労してたどり着いてみて初めて感じられる”何か”」を掴み取ることが何よりの醍醐味でしょう。
この家の滞在時間は、長くてもせいぜい30分程度で、しかも一生のうち2回、3回と繰り返し訪れるようなところでもありません。つまりあなたがこの邸宅を見るのは一生に一度だけ。私はそのことにふと気づき、窓から眺める景色が一層愛おしく感じられました。
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