指揮者という職業には定年がありません。だから体が動くかぎり、70歳だろうが80歳だろうが90歳だろうが現役を続行できます。たとえばアメリカ生まれのスウェーデン人指揮者ヘルベルト・ブロムシュテット氏は1927年生まれ。2023年6月時点で95歳ですが、2023年秋にはNHK交響楽団を指揮します。ブロムシュテットとN響といえば長年にわたるコンビでとくにベートーヴェンやブラームスといったドイツ系音楽で非常に高い評価を獲得しています。もちろん楽団員との信頼関係に裏打ちされてのことでしょう。
桂冠名誉指揮者ブロムシュテットは10月に登場

3プログラム6公演を指揮。Aプログラムは42年にわたる共演歴で3度目となるブルックナー《交響曲第5番》、Bプログラムは名ピアニスト、レイフ・オヴェ・アンスネスとのベートーヴェン《皇帝》とブラームス《交響曲第3番》、そしてCプログラムはシベリウス《交響曲第2番》を中心とする北欧ものと、マエストロが得意とするレパートリーがラインアップされました。

(NHK交響楽団HPより)
日本のサラリーマンなら大体65歳で定年となります。自分の意志で好きこのんでその会社で働いていたわけではないでしょうから、あとはもう隠居の身分になるのがよくあるパターンでしょう。

指揮者は(というか、サラリーマン以外の働き方をしている人は)その仕事が好きだから続けているわけですし、定年がないのは良いことでしょう。
他方で、その「好き」ができなくなってしまうと途端に元気を失い、すぐに弱って死んでしまうのかもしれません。


指揮者が指揮できなくなる日

20世紀歳代の指揮者として今なお秘蔵音源が発掘されたり既存音源がリマスターされたりしてCDが発売されるヴィルヘルム・フルトヴェングラー。彼は1954年に没しますが、その何年か前から難聴に悩まされており、自分が思うような音楽表現ができなくなることを恐れていたようです。

ベルリン・フィルの団員たちは1953年頃に彼の難聴に気づいていたらしく、ある日のブラームスの『ヴァイオリン協奏曲』で最終楽章でソリストとオーケストラが噛み合わなくなりました。ところがフルトヴェングラーはそれに気づかず不安な表情のまま指揮を続けたようです。この日、否応なく団員全員が彼の身に起こっていることを悟りました。

1954年10月のリハーサルには、半年後に迫ったアメリカツアーに備えてフルトヴェングラーは補聴器を持参していました。ところが思うように機械が作動せず、ずっとツマミを調節していました。それでも雑音しか聞こえてこなかったらしく、彼は「もういい。ありがとう」と団員に告げてホールを立ち去りました。これがベルリン・フィルとの別れになりました。

この後フルトヴェングラーは自分の聴覚が失われることを理解し、急速に生きる意欲を失ったと伝えられています。ご夫人には「死ぬことがこんなに簡単だとは知らんかった」と亡くなる前に語ったと伝われれています。音楽を続けられないなら、この世にいる意味がないと思ったのでしょう。

その数十年後、ベートーヴェンやブラームス、ブルックナーの権威としてベルリン・フィルをたびたび指揮することになるギュンター・ヴァント(1912-2002)の晩年も似たようなものでした。90年代後半に彼が残したブルックナーの交響曲の録音はフルトヴェングラー、カラヤン、アバド時代を経たベルリン・フィルの到達点を示すものであり、これらのCDがいわゆる決定盤とみなされるのも十分うなずける話です。

ところが2002年1月にスイスの自宅で転倒し脱臼しています。彼はもう指揮ができないと知り、やはり生きる意欲を失ってしまいます。食事もほとんど口にしなくなり、2月に亡くなります。当時私はそのニュースをたしか「レコード芸術」で読み愕然となったことを覚えています。

定年がない職業は、やはり自分が「これを愛している」という実感が伴っていることが大切であり、これが失われると急速にモチベーションをはじめとして多くのものもまた失くなってしまうのでしょう。


(以上の記述は、以下の書籍を参考にしました。)