2019年、第126代天皇に即位された徳仁親王は1983年6月から1985年10月まで英国に滞在し、オックスフォード大学大学院(マートン・コレッジ)に留学されました。そのときの記録『テムズとともに 英国の二年間』かかつて学習院教養新書に収められており、2023年4月に紀伊國屋書店より復刊されています。

当たり前の話ながら皇族というのは警護の面のみならず、その立場からも言動に様々な制約があるため一般国民のように「1週間休みが取れたからハワイに出かける」といったことができません。
そのようなことを念頭に読み進めると、日本にいるときとは思えぬほどの自由を満喫したことが素晴らしい体験であったことが伺われる感動的な著述となっています。

オックスフォード大学マートン・コレッジといえば、私が愛読する『指輪物語』の作者J.R.R.トールキンもこのコレッジで言語学の教授としてこの学寮に起居していました。もちろん私もこのオックスフォードに3日ほど滞在したことがあり(要するにトールキンの聖地巡礼)、「何々ストリートにこれこれの古本屋があり」といった記述をリアルに実感することができました。

現地ではなるべく普通の学生とともに過ごすことを念頭に置かれていたのでしょう、パブやディスコに行った時の描写が微笑ましいです。

イギリスのパブはパイント(0.57リットル)単位で注文するというルールになっており、またビールの種類もビターとラガーがあります。このため「ラガーを半パイント」のように頼むわけですが・・・。

そうはいっても、いざ注文するのには少々勇気がいる。一軒目は大丈夫であったが、二軒目ではパブのマスターから「何だこいつは」という感じの目で見られてしまった。

(徳仁親王『テムズとともに 英国の二年間』より)
あのー、これ、私がイギリスに行ったときも同じことを経験したんですけど・・・。たぶんパブのおっさんも「なんだこのMr.ビーンみたいな奴は」とでも思ったんではないでしょうか。

さて、今はどうだか知りませんが、当時のオックスフォードにはディスコがありました(そういえば同じ頃田町にジュリアナ東京なんていうのもありました・・・)。しかし入口で止められてしまうのでした。

土曜日の晩と記憶しているが、私はいかにもディスコが好きそうなMCR(ミドル・コモン・ルーム)のある男性と一緒にとあるディスコに入ろうとして、入口で差し止められてしまった。理由を聴くと、ティーシャツやジーンズではその晩は入れない由である。ちなみに私がジーンズ、友達がティーシャツ姿であった。さらにその氷魚は私たちの後方にいた警護官を指差し、「あなたは結構です」と言った。彼はネクタイこそしめていなかったが、ブレザー姿であったから許可されたのであろう。

(同上)

「私は実は・・・でして」と言えば入れてくれたはずですが、そのまま諦めて帰っていったそうです。そういうことを好まないお人柄だったということが伺われるエピソードです。

このように、滞在中の様子が瑞々しい筆致で綴られている『テムズとともに』。
驚くのが、この本の定価は1,000円。下世話な話ながら、いまどき新書でも1,000円を越える価格というのは珍しくありません。こちらの本は新書よりも立派な装丁でしかもこの価格。利益を求めないつもりなのでしょうか。

大学時代の私のゼミの先生は「いつまでもあると思うな親と本」と言っていました。たしかに貴重な本といえども一度絶版になってしまうと入手するのにものすごく苦労することになります。
『テムズとともに』も品切れになってしまうと重版されるのか、それともそれで終わりになってしまうのかわかりません。本屋さんにあるうちに買っておくのが吉でしょう。