当たり前の話ですが先生から楽譜を買ってこいと言われたら買ってこなければなりません。
べつに先輩からコーラ買ってこいと言われたとかいう話ではなく、「次はバッハの『ヴァイオリン協奏曲 第1番』に取り組もう』と言われたらその楽譜がなければ話になりません。
それで私たちはヘンレとかペータースとかブライトコフとか全音楽譜出版社とか、いろいろな出版社から出ている楽譜を買ってくるわけです。とは言ってもどこの出版社であっても『ヴァイオリン協奏曲 第1番』なら『ヴァイオリン協奏曲 第1番』の楽譜が掲載されています。まさか『ヴァイオリン協奏曲 第1番』という表紙なのに中身がストラヴィンスキーだったとかいうことは普通起こりえません。
ただ私が昔楽譜を輸入する仕事をしていたときのことですが、ポーランドが国家プロジェクトとして進めていたショパンの「ナショナル・エディション」を輸入してみてびっくり。楽譜が鏡文字のように左右真逆なのです。担当者にあわててメールしたところ、「すいません。正しい原稿をPDFでお送りします。これをその問題の発覚したページに差し込んで販売してください」とかいう返事が返ってきて二度びっくりしたことがあります。皆さん、これがポーランドの国家プロジェクトです。
しかし輸入楽譜というのは得てして高いですね。10ユーロの楽譜が2,500円くらいになってしまいます。要するに私みたいに中間に立つ奴がいるせいで高くなってしまうんですね。というわけで同じ楽譜なら少しでも安い出版社を見つけようとするのが人情でしょう。
「安さ」を基準に楽譜を探していくと、俄然魅力的に見えてくるのがシャーマー。
ウィキペディアによると、
G. Schirmer、Inc.は、1861年に設立された、ニューヨーク市に拠点を置くアメリカの古典音楽出版会社です。米国で最も古いアクティブな音楽出版社であるSchirmerは、販売およびレンタル用のシート音楽を出版しており、ヨーロッパの有名な音楽を代表しています。
一体どれくらい安いのか? というと、例えばヘンデルの『ヴァイオリン・ソナタ』ならヘンレ版で4,520円。シャーマーなら2,090円です(2023年3月、アマゾンにて筆者調べ)。二倍ほどの価格差がありました。シャーマーしか勝たん!
というわけでシャーマーを取り寄せたあなたは、楽譜をパラパラとめくっていくうちにある疑問が思い浮かぶはず。
「このフィンガリングとかボウイングって、一体だれが考案したんだろう?」
そう、普通楽譜というのは演奏者のためにフィンガリングとかボウイングを校訂とか監修に携わった人が書いているもの。全音楽譜出版社のモーツァルト『ヴァイオリン協奏曲』なら豊田耕兒氏が関わっており、演奏法や解釈が掲載されています。
とくに名高いのが、江藤俊哉氏が校訂した楽譜。小指をあまり使わず、また連続する同じ音をあえて違う指で押さえて、音楽的な意味合いを持たせるなどの工夫が散りばめられており、江藤俊哉氏の演奏法を彷彿とさせるものがあると言われています。ただすべて絶版品切れとなっており、中古商品が1万円を超える価格で取引されているというのが実情です。図書館で閲覧するしかないでしょう。
しかしシャーマーの楽譜を眺めていると、一体だれが編集に携わったのか名前がまったく掲載されていません。アメリカの出版社だけに、たぶんアメリカに暮らしているヴァイオリニストなんだろうなというのは想像がつきます。でもアメリカに暮らしているヴァイオリニストなんてゴマンといますから、アホヴァイオリニストなのかハイフェッツなのかさっぱりわかりません。
これがハイフェッツの考案したフィンガリングとかボウイングなら「よっしゃやったろっか」という気分になりますが匿名さんのフィンガリングなら「ホントにこれでいいの?」「いっそワイが考えたほうがええわ」といった気持ちになってしまうのでした。
まさか価格を安くする代わりに、ろくでもないヴァイオリニストに低ギャラで仕事をやらせたんじゃなかろうか。そういうしょうもない想像すらしてしまう私でした。
コメント