ドレスデン・アーメンというと、知っている人は知っているメロディ。
大抵の人はドレスデン・アーメンという言葉を知る前に、ワーグナーの『パルジファル前奏曲』でこの荘厳なメロディを覚えてしまっているはずです。
でもCDの解説書には「中世スペイン、モンサルヴァート国王アンフォルタスは魔法使いクリングゾルの奸計に陥り、聖槍を奪われた上に深手を負う。王の家臣グルネマンツは、神からの託宣により汚れを知らぬ愚者パルジファルを捜し出す。パルジファルはクリングゾルから聖槍を奪い返し、王のキズも見事に癒す」といった楽劇のあらすじが書かれている一方、ページ数の都合か何かで「ここでドレスデン・アーメンが用いられ、云々」といったことはまったく触れられていなかったりするもの。
(上記動画では4:50あたりからドレスデン・アーメンが始まります。)
CDの解説書も厄介なもので、解説者や書かれた時代によって内容が食い違っていることがあり、「マーラーは心臓病で死んだ」と書かれているかと思えば、「心臓病というのは実は誤診であり、実際には溶連菌感染症で死んだ」という記載内容になっていることもあります(実際には後者が正しいらしく、2022年のある日の東京シティ・フィルハーモニックのマーラーの『第九』の演奏会に先立っての事前レクチャーで高関健氏もそのように解説していました)。
しかし『パルジファル』のCDを1枚しか持っておらず、しかも解説書にドレスデン・アーメンについて触れていない場合、何年か経ってだいぶクラシックを深く知るようになり、メンデルスゾーンの『交響曲第5番 宗教改革』なんていうマイナー作品に手を出したときに「これって『パルジファル前奏曲』じゃないか? ワーグナーはメンデルスゾーンをパクったのか?」とのけぞること間違いなし。
さすがに『交響曲第5番 宗教改革』にはドレスデン・アーメンに言及しているはずで、私が持っているシャルル・ミュンシュのCDには「(ドレスデン・アーメンは)これはワーグナーが「パルシファル」のなかで、聖盃の動機として用いていることでも知られる名高い旋律」と書いています。ただ外国のCDは解説書が付属していないこともありますから、予備知識ゼロで『交響曲第5番 宗教改革』を聴くときっと混乱するでしょう・・・。
メンデルスゾーンを攻撃したワーグナー
知っての通り、ワーグナーは匿名で(後日著者は自分だと明かしますが)「音楽におけるユダヤ性」という論文を発表し、このなかでメンデルスゾーンを挙げて「あれほどの才能と教養をもってしてもこれだけの作品しか書くことができなかった」などと中傷しています。たしかに同じ「天才少年」として名を馳せたモーツァルトと比べると、『交響曲第40番ト短調』のような切実極まる曲を書くことはなかったものの、『ヴァイオリン協奏曲ホ短調』や『無言歌』が書かれなかったとしたら、世の中のヴァイオリニストやピアニストは弾く曲を探すのに苦労するでしょう・・・。
ただ私が言いたいのは、ユダヤ人であれ、反ユダヤ主義に染まった人であれ、ドレスデン・アーメンを自分の作品に採用しているということです。他にも宗教曲で美しいメロディは山のようにあったはずなのに、なぜ二人はよりによって同じメロディを作品に取り入れたのでしょう。綺麗だと思ったからに違いないですよね。結局のところ、何を美しいと感じるかは、人種や民族、思想を超えるものなんですね・・・。そうなると反ユダヤ主義とかいう「思想」の、なんと心が狭いことでしょうか。
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