この記事を読んでくださっているということは、きっとヴァイオリンを演奏される方なのでしょう。そして、上達のためには時間がいくらあっても足りないということは十分ご理解されていらっしゃることでしょう。

プロを目指す人なら、子供のころから社会から切り離されて一日何時間も練習しなければなりませんし、それで技術を身につけたからといって本当にプロになれるわけでもありません。
なったらなったで、定年がない職業なのでずっと練習を続ける毎日が待っています。

あまりに練習漬けの生活ゆえ、たとえばライナー・キュッヒル氏はネクタイの結び方がわからず、ばかりか郵便物はポストに入れなければ届かないということすら知らなかったというとんでもないエピソードがあります(実話)。

千住真理子さんは、「学校のない日は一日十四時間、学校のある日はその約半分、時間を余すところなくさらい続けました」と著作のなかで語っています。(実は、12歳でプロデビューした彼女は演奏レベルを維持するために、あと何日欠席すると進級できないと計算したうえでわざと学校に行かないで練習していたこともあったそうです。)

ところが千住真理子さんの師匠、江藤俊哉氏は「じゃあ寝ながらもさらってますか?」と問い詰めました・・・。


無理やり時間を捻出するヴァイオリニスト

江藤俊哉氏は「やるならそこまでしないとダメよ。ボクはベッドに入って寝る時も楽器を抱えて、横になったまま左手を押さえながら暗譜の練習をしましたよ。ボクは飛行機の中でも練習したくて、音をだしたらさすがに怒られちゃってやめたけど。新幹線の個室を取って(昔は個室がありました)個室の中で練習したけど、酔っちゃった」。

うへっ、そこまでするんかい。

エリザベートコンクールに出場したときの若き日の諏訪内晶子さん。ホテルの一室にこもっって毎日のように練習し続けたものの、上には上がいました。ソ連から送り込まれたライバル(と書くと悪役レスラーみたいですが)、レーピンでした。

諏訪内晶子さんがコンクール会場に向かって歩いていると、信号待ちの車が止まりました。見覚えがある男が座っていると思ったらレーピンで、後ろの座席でヴァイオリンを弾いています! 大柄の彼は身を縮めるようにして、必死の形相で練習していたそうです。彼女はこれを見て背筋が寒くなったと述懐しています(出典:『ヴァイオリンと翔る』。しかしこの本の文体はなぜか音楽プロデューサー、中野雄氏の文章と不思議なほどに似ている。どうしてかな~??)。

私もそこまでではありませんが、やはり残業は必要に迫られたときに限り必要最小限にとどめています。そもそもサラリーマンとして、一日のほとんどの時間を他人の事業に吸収されているという時点でヴァイオリニストとしてはお先真っ暗闇ですが。ただヴァイオリンにのめり込めばのめり込むほど、サラリーマンとしての仕事には全くといっていいほど達成感や幸福感を感じなくなり、「うーん、サラリーマンって社長の商品売って社長の貯金手伝ってるだけだよな」「サラリーマンって何年続けても自分の名前をクレジットできないな」「誰とも喋らないで黙ってランニングしたり泳いだり音階弾いたりエチュード弾いたりソナタ弾いたりしてるときが一番幸せだな」と痛感するようになりました。

そういう私なので、たぶん職場では私のいないところで私はけっこう悪口を言われているはずです。ただこちらも職場に愛着がなく、同僚に仲間意識がないのでプラスマイナスゼロです。

というわけでその私が仕事帰りに立ち寄ったのが松屋。
牛めしをさっと食べて夕食を5分で終わらせようと思っていました。
が、見通しが甘かったですね。その店はワンオペでした。一人で店員さんが働いており、ウーバーイーツのスタッフが「すいませーん」と声をかけてもガンスルー。この時点で「だめだこりゃ」と黙って立ち去るべきでしたが、後悔先に立たず、私はずっと座って食券を店員が取りに来るのを待っていました。が、着席して5分経過してようやく私の所に来るレベル・・・。「客を待たせすぎじゃありませんか」と問うも、「一人でやってるんで・・・」。そりゃワンオペなら遅いでしょう。私はその後10分近く待ちましたが、何も出てきません(他の客のメニューもその間に1,2人くらいしかできていなかった)。

これ以上待っても無駄だな、あと1分待って何も出てこなければ帰ろう、そう思って腕時計に目を落とすこと1分。その間、別のおじさんも何も食べずに黙って店を出ていきました。私ももう諦めて「もういいです、キャンセルします」と言って店を出ました。

この記事を書いていて、我ながらけっこう嫌な奴だなと思いました。でも構いません。時間とは、「人生の残り時間」のこと。それくらい嫌な奴にならなければ自分の時間など確保できません。


教訓:ワンオペ松屋に入ったら黙って立ち去れ