大本営発表――。もっとも有名なものは真珠湾攻撃のあとのこちらでしょう。
臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部、十二月八日午前六時発表。帝国陸海軍は本八日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり。
大本営発表は初期の頃はなるべく正確を心がけ、未確認情報については「まだ分かっていない」と正直に伝える傾向がありました。勝っているうちはまだ余裕があり、確かな情報にもとづいて国民の戦意を高揚させようという狙いがうかがわれます。

しかし戦局の転換点であるミッドウェー海戦のあたりから、日本軍にとって状況が悪化していることを隠蔽しようとしたり、未確認の戦果を確実な戦果であるかのように伝えたり、しまいにはただ敗北しただけなのに文学的修辞を連ねることで意味もなく悲壮感を煽ったり・・・。太平洋戦争末期に神風特攻隊を繰り出しても成果を得られなくなってくると、もう発表することすら放棄してしまうというとんでもない発表でした。

ノンフィクション作家・保阪正康氏は『大本営発表という権力』において、そのような傾向を次のようにまとめています。
要は「戦果があがれば発表、戦果があがらなければ虚偽の発表、それもできるだけ装飾を施すことで戦況の不利を隠し、配線が続くとなると沈黙」というだけのことである。そのため敗戦がくり返されると――それは昭和二十年五月以降ということになるが――ほとんど沈黙状態になっていった。「必勝の信念」とか「聖戦完遂」「勝利はあと一歩」、はては「大御心に副い奉り」などという空虚な語を吐くエネルギーさえも失ってしまい、むしろそれが国民の怒りを増幅させるという不安に捉われていた。
都合のいいことばかりはペラペラと、伝えにくいことはうまくごまかして、どうしても言いたくないことは本当に言わない。なんだかできの悪い就活生の自己PRのようですね。就活ならその人が選考で落とされて終わりですが、大本営発表は全国民を巻き込むものだけにたちが悪い。重要な情報を公表せず、隠蔽したり誇張したりするわけですから、ソ連や北朝鮮とあまり変わりがないですね。

無謀な戦いを止められず、ついにはアメリカは原爆を開発し、昭和20年8月に実戦投入します。
広島へ投下された原爆のことを大本営発表は次のように伝えています。

第八三五回・大本営発表(昭和二十年八月七日一五時三〇分)
一、昨八月六日広島市は敵B29少数機の攻撃により相当の被害を生じたり
二、敵は右攻撃に新型爆弾を使用せるものの如きも詳細目下調査中なり
原爆が投下されて1.5日経過してやっと発表、しかもたったこれだけ。海外で起きた出来事ではなく、隠しようもない日本本土で一瞬にして市街地が消滅してしまったわけですから、伝えないわけにはいきません。得意の隠蔽術は使えません。1日以上、「どうしたらいいんだ」と関係者が悩んだことが想像されます。仕方がないので「とりあえず必要最小限の情報だけ伝えておくか。伝えるには伝えたし(っていうアリバイは作ったし)、あとは確認中ですってことにして知らんぷりしよう」

大変無責任な話です。が、私は何も大本営発表の文章作成に携わった人を批判したいわけではないのです。
というのも「都合のいいことばかりはペラペラと、伝えにくいことはうまくごまかして、どうしても言いたくないことは本当に言わない」のは日本の組織がもつ致命的欠点であり、このときはたまたま「大本営」でそういうことが起こっただけであると思えてならないからです。今も私たちは似たようなことを現在進行形で体験しているはずです。いえ、都合の悪いことは伝えられませんから、体験していることすら気づかぬまま年を取っているはずです。

私の知っている一例を挙げてみましょう。毎年、誕生月になると送られてくる「ねんきん定期便」。これは「消えた年金」問題をきっかけに、再発防止を目的に2009年4月から本格的に始まったものです。ねんきん定期便を読んでみると、これまで給与から天引という形で納めてきた「保険料納付額」が記載されています。

・・・でもこれっておかしくありませんか。厚生年金保険料って、私たち労働者が50%負担(給与から自動的に控除)し、残り50%を会社が負担しています。ねんきん定期便に書かれているのは自分の給与から控除された金額の累計値であって、会社が納めてくれたほうの厚生年金保険料については何一つ書かれていないのです。本当です。日本年金機構のHPによると、

Q 表示されている厚生年金保険の保険料には、事業主負担分も含まれているのですか。

A 事業主負担分は含まれておりません。「ねんきん定期便」の「これまでの保険料納付額」には、被保険者負担分の保険料(毎月の給与から控除されている厚生年金保険料)の額を表示しています。

(https://www.nenkin.go.jp/faq/nteikibin/teikibinkisainaiyo/nofugaku/20140602-03.htmlより)

え、じゃあ会社が払ったほうの厚生年金保険料はどうなるの?? ねんきん定期便を何度読んでも何も読み取れません。つまり伝えたくないので、最初から一切触れていないのです。
日本は戦前も戦後もそういう国なんです。