例えばベートーヴェンの『交響曲第九番 ニ短調 合唱付き』は普通のテンポで演奏すると70分ほどかかります。ブラームスの『交響曲第一番 ハ短調』は45分ほど。メンデルスゾーンの『ヴァイオリン協奏曲 ホ短調』は30分程度。ショパンの『ピアノ・ソナタ第二番 変ロ短調 葬送』は20分。

コンビニとかで流れている曲(Mステとかで出てくる曲)は3~5分ほどで終わります。
その長さを標準だと思うと「クラシックってなげえ!」ということになります。逆に私は普通のJ-POPとかに学生時代に馴染むきっかけがなく、ドヴォルザークとかモーツァルトとかを聴いていたので「なんで1曲が4分くらいで終わるんだ?」と思ってしまいます。

クラシックの曲はなぜあんなに長いのか? そりゃ「タイスの瞑想曲」みたいに4分くらいで終わる小品もありますが、一般的にイメージされるクラシックの曲は「長い」。自分なりに考えると、要するに「コース料理だから時間がかかるんですよ」という説明が一番しっくり来る気がします。


クラシックの曲はコース料理みたいなもの

フランス料理のコースはだいたい次のようなもの。

前菜(オードブル) → スープ  →  魚 → 口直し用氷菓  → 肉料理  → チーズ → デザート

こういう流れで、味わいに変化をつけながらシェフの腕とか、「この素材をこういうふうに調理して、お客さんにはこんなふうに楽しんでもらおう」といった世界観を披露します。フルコースなら大体2時間くらいはかかります。そりゃ牛丼みたいにかっこめばOKな食事ではなく、また一人で食べるものでもなく、誰かと時間をともにしながら味わうものですからそれくらいの時間はかかるでしょう(面白いことに、クラシックのコンサートも標準的な開催時間は2時間です)。

クラシックの曲もやはりフルコースのように構成が固まっています。
ベートーヴェンの『交響曲第五番 運命』で言うなら、

第1楽章:主人公を絶望に陥れる運命。主人公は苦悩する。

第2楽章:苦しみ、悩みながら主人公はひとりさすらう。

第3楽章:転機。苦しい定めを打開する道筋を見つける。

第4楽章:ついに運命を克服し、新しい人生を切り開いた。

といったストーリーが与えられています。ここまでドラマチックな音楽はベートーヴェン以前にはありませんでした。
モーツァルトやハイドンの作品でも、例えばソナタなら、

第1楽章:作品の性格を決定づけるような主題と、これに対置される雰囲気をもった副主題。主人公とそのライバルのようなもの。この2つのテーマが交互に登場して音楽の行き先への関心をひきつける。

第2楽章:うってかわって優雅なアダージョ。ハイソな雰囲気をお楽しみあれ。

第3楽章:ハイソな雰囲気に続けて、心躍るような舞曲で楽しんでください。

のように「このように音楽が進むものだ」という一定の決まりごと(フレンチでいうなら魚の次に肉が出てくるようなもの。ワインなら白から赤へ。逆だと舌が濃い赤の味わいに引っ張られて白の味がわかりにくくなります)に則って作られています。

このように「コース料理が守らなければならない掟」を守って作曲していると、どうしても時間がかかります。むしろベートーヴェンのように自分の主義主張や理想を音楽に込めるならば、何十分もかけなければ説得力が生まれなかったのでしょう。『第九』みたいに人類の解放と連帯を歌い上げようとしたら、そりゃ5分じゃ足りませんね。

逆にドラマの主題歌のような普通の曲は、いわばアラカルト。1品だけでの注文ももちろんOK。一人でふらっとレストランに入って頼んだパスタみたいなものでしょうか。まさかパスタ一皿に2時間もかける人はいませんから、サラッと食べてお店を後にします。

クラシックの曲はなぜあんなに長いのか? と聞かれたら・・・、私なりの回答はこのようになります。そんなことを尋ねてくる人なんて、いませんけどね(ヒント:このブログのタイトル)。