これは知らなかったほうが良かったお話です。

一般的には、ドイツは戦後補償を通じて過去と向き合い、これを克服した。それに対して日本は・・・、といった言われ方がされがちです。つまりナチス関係者を徹底的に処罰し、ホロコーストという巨悪と向き合い、ナチスが犯した犯罪の被害者に対する補償を真摯な態度で行い・・・、しかし日本は東南アジアの国々に対する謝罪と補償が不十分だ・・・、のような論法です(実際には日本は賠償・経済協力・円借款を通じて自国のビジネスにつなげていったというのが実情のようですが)。

でもあらびっくり、東京女子大学名誉教授芝健介氏の著作『ヒトラー ――虚像の独裁者』にはぜんぜん違うことが書いてありました。かいつまんで箇条書きにすると、

・1949年には恩赦が成立し、75万人を対象としていた。

・1950年には5年以下の重懲役犯罪について時効が成立。以後、ナチス関係の犯罪は謀殺、故殺、重傷害罪に追及が限定されることになった。

・1954年成立の恩赦令では、刑罰の上限が3年の懲役刑を超えない限り、上官の命令ゆえに責任を問われない犯罪行為とみなされることになり、ナチス関係者や当時の国家公務員のほとんどがこれ以後罪を問われなくなった。

・以上のいきさつにより、元ナチス関係者が誕生まもないドイツ連邦共和国の様々なポストに着任した。

なんだか『ハリー・ポッター』でヴォルデモートがいなくなった(ハリーの誕生直後)あと、彼に同調したスリザリン卒業生がしれっと普通の魔法使いとして生活し始めたのと似たような話です。

当時の人々にしてみれば、たしかにユダヤ人迫害や第二次世界大戦の敗北といった歴史的大失敗「さえなければ」、画家志望の冴えない男が「総統」になってドイツの運命をたった一人で変えたというのはわかりやすいサクセスストーリーであり、私たち日本人にしてみれば豊臣秀吉の一生を間近で見ていたのと似たようなものでしょう。朝鮮出兵の失敗さえなければ、もしかしたら豊臣家は存続していたかも?

芝健介氏は上記の著作でこのように書いています。
第二次世界大戦後も長らくなされた世論調査でもこの「実績」「業績」がヒトラーと分かちがたくポジティヴに結びつけられていたことを忘れてはならない。冒険的侵略戦争に乗り出さなければ、あるいは戦争に敗北さえしなければ、ひょっとしたら「史上最高の将帥」だったかもしれないと考える人間が戦後も少なからず存在したということである。
はあ、そうですか・・・、なんだかがっかりするようなお話ですね。
でも「世代ごとに科学が進歩する」という話もあるようですね。ガリレオの地動説が支持されるようになったのは、単に天動説を信じている人が死んでいったという身も蓋もない話ですが、時間の経過とともに新しい考え方が支配的になるようです。

と思いきや、この著作では戦後50年を経てヒトラーのドキュメンタリー番組が複数制作され、いずれも高い関心を集めたこと、それでも1997年のアンケート調査では旧西ドイツ側住民、旧東ドイツ側住民いずれも4分の1程度が「ヒトラーはドイツの偉大な政治家の一人である」という選択肢を選んだという結果がでているとか。これってトランプ大統領は岩盤支持層のおかげで少なくとも支持率は30%をキープできていたみたいな話ですね。

その後、21世紀になってドイツの世論がどう変わったのかはこの本には盛り込まれていませんが、戦後50年でもこれですから、なんだかあまり期待できなさそうな雰囲気がします。
この記事のタイトルは「ヒトラーは戦後もなお一部の人にとってヒーローだったと知る」ですが、一部というのはネオナチのような過激思想の持ち主を差しているではなく、ほんのすこし前にも100人中25人くらいがそう思っていたというのが実態でした。うーん、私はますます人間が嫌いになった・・・。