「パッヘルベルのカノン」はあまりにも有名すぎる曲です。もはやあまりに有名すぎて何も説明しなくてもいいくらいです。一応さらっとまとめておくと、作曲者はヨハン・パッヘルベル(1653-1706)。バッハより少し前の時代に活躍したドイツの作曲家です。

「カノン」は「三声のカノンとジーグ」の「カノン」の部分であり、低音弦による短い主題が28回繰り返され、その上に三声部のヴァイオリンがカノン変奏を繰り返していくというもの。あたかも寄せては返す波が次第に高まっていくかのような音楽の流れは大変鮮やかです。今でも卒業式とか結婚式などでよく使われているので、とくにクラシック音楽に親しんでいない場合であっても1年に1回はどこかで耳にするでしょう。

他の作品はとりたてて有名ではないものの、彼が生涯でたった一度だけ作曲した「カノン」が際立った成功をおさめました。たしか、当時のヨーロッパでいわゆる無断で書き写したコピー楽譜がやたらと出回った、という話を耳にしたこともあります。今で言う一発屋でしょうか。しかしその一発にすら恵まれないで歴史の波間に消えていく人の方が多いわけですから、「カノン」ひとつを書き残しただけでも立派です。私なんてどうでもいいサラリーマンをやっているので後世への影響力はゼロ。何もありません。

それはともかく、「カノン」のCDを買おうとすると、ある疑問にぶつかります。

一体どのCDを買えばいいのか? 

そう、あまりに有名な曲なのでいろんな演奏家がレコーディングしています。
有名すぎて、「ほんとはこれ好きじゃないんだけど、依頼だから仕方ないな」なんていう気分で録音してい・・・ゲホゲホッ!!


「カノン」のおすすめのCDは

注意すべきは、これは「バロック音楽」だということです。
じつはバロック音楽の演奏スタイルというは戦後数十年かけてかなり変わってきています。
戦後まもなくまでは、ロマン派音楽の演奏スタイルをそのまま受け継いだものが主流でした。
ところが70年代ごろから「ピリオド奏法」と呼ばれるスタイルが脚光を浴びるようになり、80年代~2000年代頃まではやたらとこの奏法を使って演奏する楽団が増えたのです。

「ピリオド奏法」とは、簡単に言ってしまうと「バッハやヴィヴァルディが生きていた時代の楽器をなるべく用いながら、”当時はこうだっただろう”という演奏スタイルを再現してみました」式の演奏なのです。オーケストラも小編成、ヴィブラートは少なめもしくはほとんどゼロ、リズムは弾みがちでテンポはやや速め。

わかりやすいたとえを用いるなら、戦後しばらくまで主流だったロマン派の影響を受けたような演奏スタイルが「エビスビール」だとするなら、ピリオド奏法は「糖質ゼロビール」。
え、余計に分かりづらい? では動画を引っ張ってきましょう。

まずは「ピリオド奏法」を取り入れた演奏です。




次に、20世紀で最も有名な指揮者であるヘルベルト・フォン・カラヤンの演奏です。



卒業式とかで聞こえてくる演奏スタイルはこちらのほうのはず。ピリオド奏法による録音は、たしかに演奏会で聴いてみると「おっ、何だこれは」という刺激的なものですが、毎日それを聴いて心の糧にしてみたいかというと・・・、私は首を傾げざるをえません。

そういうわけで、「パッヘルベルのカノン」のCDが欲しいということであれば、カラヤンのような「普通に演奏しているもの」を私としては推薦します。さらに、もっと「パッヘルベルのカノン」のいろんな演奏を深掘りしてみたい、と思ったときにピリオド奏法のCDを買い求めるのがよいでしょう。

しかし「普通に演奏しているもの」といっても、やはり山のようにCDがあふれているのが現状です。「バロック名曲集」とかいうCDは、カラヤン以外でもバウムガルトナーとかミュンヒンガーとかマリナーとか、いろんな指揮者が楽団をとっかえひっかえして制作していますから・・・。

とりあえず1番有名どころを1枚、ということであればやはりジャン・フランソワ・パイヤールが手兵パイヤール室内管弦楽団を指揮して録音したものがよいでしょう。彼は主にバロック音楽からモーツァルト辺りまでの古典音楽を得意としており、「パッヘルベルのカノン」とか「アルビノーニのアダージョ」のような有名曲を何度もレコーディングしています。

私も彼の「バロック名曲集」のような題名のCDを2枚持っていますが、どちらも明るく、そして優しく流れていくスタイルの演奏は大変な高級感にあふれており、BGMとしても、またじっくり聴き入るにしても十分すぎるクオリティです。パリの高級ホテルのラウンジでコーヒーを飲むときに流れていると嬉しい響きとでもいえば良いでしょうか。



パイヤールの「バロック名曲集」はあまりに売れまくってしまったのか、BOOK OFFの100円均一コーナーにすら置かれていることがあります。こんな素晴らしい演奏が100円だなんて信じられない(私は15年以上前にどこかのお店で中古盤を300円で買いました)。もし見つけたら躊躇せずレジまで持っていくべきでしょう。